2月11日
旧東海道を辿る旅サイクリング。
今日は静岡県掛川市からスタートだ。
掛川宿は江戸から26番目の宿場町で、安土桃山時代の山内一豊が有名だ。
城下町らしく、七曲りと呼ばれる街道の辻の静岡銀行には、功名が辻をモチーフにしたレリーフがあった。
東海道サイクリングの下調べで、立ち寄りたかった馬喰橋の『もちや』さん。
振袖餅が名物なんだって。残念ながら開店前で購入出来ず、行きたいトコリストに残しておく事にする。
今朝の朝食は、『道の駅かけがわ』で取ろうと思っていた。
1号線バイパス沿いにあって、ベーカリーや食堂もあるって聞いてたから。
到着するとまだベーカリーは開店しておらず、思ったより施設が小さくてガッカリしたのだが・・・
うまい処で多くの人が地元食材の朝定食を食べている。掛川米のご飯はお替わり自由で、印象レベルはMAXとなった。
日坂宿
東海道を辿ってるのは、古い風景が見たいからなんだけど、古いっていつ頃のイメージだろう。
弥次さん、喜多さんが出てくる十返舎一九の『東海道中膝栗毛』は220年前、歌川広重の浮世絵『東海道五十三次』は190年前の事。
まだ、ちょんまげや着物を着てた江戸末期は、たった160年前の事なんだよね。
日坂宿はそんな江戸時代の雰囲気の残る、数少ない宿場町だ。
旅籠の川坂屋、萬屋を覗き見る事が出来る。
高札場の定め書きには、当時の運賃が書かれていた。
日坂宿から掛川宿までの荷物の運び賃は94文(約2800円)だけど、山を越える金谷宿までは145文(約4400円)だった。
小夜の中山
旧東海道でも三大難所の一つと言われた『小夜の中山』は、さすがの急坂。
JR金谷駅からJR掛川駅まで、約8キロのハイキングコースとして人気もあるそうで、沢山の人が歩いている。
二の曲り、沓掛の区間は、距離500mで標高70mアップする、最大勾配22%の急坂だ。
歌川広重の日坂宿は、急坂と粟ヶ岳の風景だ。
こんな風景を眺めていたんだろうな。
日坂宿から約3キロで、峠の茶屋『扇屋』さんに到着。
お茶でご接待してくれる。
名物の子育て飴は優しい甘さの水飴だ。
扇屋さんの隣に浮世絵美術館の『夢灯』さんがある。
元学校の先生が、自身で集めた東海道にまつわる浮世絵を展示し、説明もして下さる。
菊川方面に一気に下り、牧ノ原台地に上り返すと茶畑の中の道になった。
牧之原公園から大井川を望む。
大井川を越えた先は島田宿だ。
日坂宿にある岡製パンの『メロンパン』で休憩。
中にチーズクリームの入ってる一般のメロンパンとは違う、ご当地メロンパンなんよね。
島田宿
箱根馬子唄の『箱根八里は馬でも越すが、越すに越されぬ大井川』を渡る。
橋を架ける事を禁止されていた江戸時代は、大井川を渡る事が難所だった。
島田宿は、大井川を渡る『川越(かわごし)人足』の資料や施設が整備され、当時の雰囲気を感じる事が出来る。
川を渡るには、人足による肩車が普通だったんだって。普通の水位の時の渡し賃は48文(約1500円)だった。
イメージする連台を4人の人足が担ぐパターンは288文(約8700円)なんだって。
蓬莱橋に寄り道。
大井川に明治12年に架けられた木造の橋。
長さ897mは、「世界一長い木造歩道橋』としてギネスに載っている。
藤枝宿
江戸時代に栄えた旧街道の宿場町も、明治時代に施設された鉄道線が通らない事で、寂れてしまう。
藤枝宿もその一つだ。
その後栄えていた鉄道駅前も、現代の車社会では郊外のロードサイド施設に、人を持って行かれてしまっているけどね。
江戸から22番目の藤枝宿は、田中城の城下町だ。
田中城は輪郭式平城で、本丸跡は西益津小学校、中学校になっていたが、石垣や水堀が周辺に残っていた。
小学校の校舎に掲示されていた、田中藩校日知館の誓いの言葉は、『悪い事や、うそを言ってはなりませぬ。勉強し努力せねばなりませぬ。ならぬ事はならぬのです。』
これを読んで、160年前の江戸時代の雰囲気を感じた気がした。
西焼津駅をゴールとした。
約45キロ走行
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