11月4日

 

岡山のイバさんとの秋の旅サイクリングは甲州街道を訪ねた。

甲州街道は徳川家康によって整備された五街道の一つなんだけど、江戸から甲府までを表街道、甲府から下諏訪宿までを裏街道と呼んでいたそうだ。

 

昨日は下諏訪宿から、赤石山地と八ヶ岳の風景を眺めながら、江戸から40番目の宿場町の台ケ原宿まで走って投宿した。

 今日はここからスタートして甲府へ向かう。

 

  裏甲州街道をゆく 台ケ原宿 

 

台ケ原宿は甲府から下諏訪までの『裏甲州街道』の中間地点にあたる大きな宿場町だった。

宿泊した『つるや旅館さん』も、江戸時代の物らしい講札が残る歴史のある宿屋さんだ。

 

 

女将さんに聞くと、甲州街道を辿る歩きの旅人も多く利用するそうだ。

歩きだと一日20km位、一人で歩くシニア世代の人が多いんだとか。

 

一人だとケチってビジネスホテルやネットカフェを利用する事の多い旅サイクリングだけど、旧街道の宿場の雰囲気を楽しむ今回の様なコースの時は、宿代はケチっちゃいけないなと感じた。

 

旅先の朝食はお替わりしてしまうのは、あるあるだしね。

 

 

台ケ原宿は本陣、脇本陣のほかに18軒の旅籠と造り酒屋もあって、歴史街道の雰囲気を残している

日本の道100選でもある。

 

甲府を目指すけど、国道を避けて旧道を出来るだけ辿るとあぜ道になる事も。

ちょっとワクワクしちゃう。

 

 

南アルプスの甲斐駒ヶ岳を望む。

なんか天然水のCMを思い出す風景だな。

 

裏甲州街道は糸魚川静岡構造線上の道だ。

驚くのは、釜無川断層の延々と続く断層崖の切りたった崖と、その上と下に町が広がってる事。

 

谷間の底を進む様な甲州街道も、左右の山が低くなって空が開けてくると間もなく甲府盆地だ。

 

 

  蔵と柿

 

走っていると、その土地の風習や自然文化の特徴に気付いたりする。

その事に気付きたくて、旅サイクリングをしてるんだけどね。

 

旧家に残る土蔵には、切妻側に家紋や名前を入れた漆喰の細工を見る事が出来る。諏訪や甲斐地域の特徴の様だ。

 

 

季節的に柿がいっぱい成っていた。

この地区では関西で多く見かける富有柿より、はるかに大きい実が成っている。

これは、武田信玄も保存食として栽培を推奨した『甲州百目柿』で、干し柿(甲州では枯露柿と呼ぶ)にするそうだ。

 

 

  釜無川・笛吹川・荒川のサイクリングロードを行く

 

高校生の頃の『サイクルスポーツ』誌の記事で、全国のサイクリングロードが紹介すされていた。

当時は大気汚染など公害を防ぐ自転車推進を『バイコロジー』なんて言っていて、その為にサイクリングロードも整備され始めたんだと思う。

その記事で山梨県の笛吹川サイクリングロードを知った。

ようやく走れる機会がやってきて、そんな事を思い出した。

 

 

釜無川右岸の自転車道を行く。

戦国時代の武将、武田信玄が手掛けた治水工事の跡は、信玄堤と今も呼ばれる。

水害対策の聖牛は、釜無川・富士川が増水した時の水流を弱める装置。

 

釜無川と笛吹川が合流する三郡西橋から、笛吹川サイクリングロードへ。

 

11月なのに、日中の気温は20℃を越えた。

河川敷のサイクリングロードじゃ橋の下の日陰は貴重な休憩ポイントだ。

 

甲府盆地を縦に突っ切る、荒川サイクリングロード。

 

結論から言うと、高校生の頃に知った笛吹川ってステキっぽい名前のサイクリングロードに勝手に憧れていただけの様だ。

休日なのに1台の自転車にしか見かけなかったし、ベンチや東屋があるわけでもない・・・そんな自転車道だったから。

 

大人ぶった高校生が、当時憧れていた喫茶店のお姉さんに40年振りに会ったら『思い出のままの方が良かった・・・』って気持ちになったって感じかな。

 

ゴールとしたJR甲府駅前には、甲斐の守護大名『武田信玄公』の像。

やっぱこのポーズのイメージだよな。

 

関西からでは訪ねにくい『山梨県』

一生のうちにもう一度来る事があるだろうか?

JR身延線を走る特急ふじかわに乗車し、静岡駅の乗り換えで岡山のイバさんとお別れした。

 

秋の旅サイクリング、今回も走りもしゃべりも楽しいおじさん道中でした。

 

 

 

約70km走行

 

 

 

自転車ツーリングのブログランキングです。

下のバナーをポチっとお願いします。

 

にほんブログ村 自転車ブログ ツーリングへ