5月5日
旧東海道を辿るライド。
53か所の宿場を一気に走るのではなく、旧街道や宿場町の周辺を寄り道しながらサイクリングしている。
今回は静岡宿をスタートし、東に向けて走る。
スケールモデル好きなら、素通りできないプラモの聖地にご挨拶。
18 江尻宿
江尻宿は、清水を流れる巴川の稚児橋北側にあり、現在は商店の多いエリア。
道路も東からの一方通行なので、自転車で走行する際は、歩行者や自動車に注意が必要だ。
魚町公園に、少年サッカー発祥の碑がある。
説明によると、昭和30年代は広島・藤枝・浦和の3都市以外はサッカーが盛んでは無かった。
清水市の江尻小学校に赴任した堀田先生が、生徒達と小学校にサッカーチームを作った。それをきっかけに清水市に小学校リーグが発足し、現在ではJリーガーを輩出する程、サッカーが盛んな町になったとの事だ。
清水が舞台のちびまる子ちゃんでも、後のJリーガー長谷川健太選手が登場するもんな。
17 興津宿
興津宿の清見寺は、徳川家康とも所縁のある古刹だ。
1889年(明治22年)の東海道本線開通の際、興津に駅を作ってもらう誘致を町ぐるみで積極的に行った。
鉄道は開通したが、清見寺の境内を通過する事になり、国鉄は補償金を出したが、住職は献納したという話。
興津宿と由比宿の間の薩埵峠を有名にした、歌川広重の浮世絵『東海道五十三次由比宿』は峠から富士山を眺める構図だ。
静清バイパス通行方法
今日は薩埵峠のある旧道を通らずに、興津から由比へは静清バイパスの自転車・歩行者道を行く。
※バイパスは自転車歩行者の通行禁止、歩道ルートへのアプローチが調べても分からなかったので、ここに記載しておく。
国道1号線(バイパスではない方)の興津中町東交差点を太平洋岸自転車道の看板の指示通り、歩道を渡り駿河健康ランド方面に進む。
駿河健康ランド前から、静清バイパスの下り線の歩道部部分を走行する。
興津方向からも、由比方向からも同じ歩道を通行する。
薩埵峠付近から、前方に富士山を望む。
下り線歩道部分の走行距離は、約3.5km程だ。
西倉沢交差点を押しボタン式横断歩道で渡ると、旧東海道の西倉沢一里塚跡だ。
後方の左が静清バイパス、右が薩埵峠。
西倉沢集落は、薩埵峠と由比宿の間の宿だ。
名主や茶屋だった古い木造家屋が、旧街道沿いに残っている。
16 由比宿
由比駅前に桜えびのモニュメント。
桜えびの漁期は3月中旬から6月初旬なので今が旬だ。
由比漁港には、名物の桜えびのかき揚げを求める人で一杯だった。
由比宿の東海道広重美術館には、かなり興味があったけど、今日は時間がないので次回の宿題にしておく。
開館時間は9時~17時、入館料520円って事は覚えておこう。
15 蒲原宿
蒲原宿には、町屋や商家など古い木造家屋が残っている。
東名高速道路を跨ぐ所で、富士山が正面に出現。
このGW中にも、旧東海道を歩く人や自転車を多く見かけた。
富士市では、東海道ウォークの案内が道路に表示されていて助かる。
岩淵一里塚は、江戸から37番目の一里塚だ。
住宅地の中に、存在感のある榎の大木。
富士川から富士山を望む。新幹線で東京に向かう時に見る風景。
身延線廃線跡緑道
1969年に身延線の富士駅と入山瀬駅間の線路が付け替えられた跡地が、緑道になっている。潤井川橋梁から廃線跡サイクリングを開始だ。
廃線跡は富士緑道と名付けられ、富士駅まで約2km区間が遊歩道化している。
鉄道跡を思わせるものは、緩いカーブになった道くらいだ。
14 吉原宿
津波の被害を度々受けた為、3回に渡って内陸部に引っ越ししてきた吉原宿。
新吉原宿と呼ばれる最後の引っ越し先は、岳南鉄道吉原本町駅西側の商店街辺りだ。
東海道の道中で、唯一左手に富士山が見える『名勝 左富士』と呼ばれる場所。
富士山には残念ながら雲がかかっている。
広重の浮世絵によると、左富士はこんな感じだ。
今日のライドは午前中で終了。
JR吉原駅で自転車を輪行袋に詰め込んで、乗換えが2回で済む便で帰路につく。
吉原13:30ー16:18豊橋16:31ー18:39米原ー18:51彦根
乗車時間5時間21分、運賃5500円だった。
富士市は町のどこからでも富士山が見える。
そんなエリアに住む人が羨ましい。
いつか、東海道の続きを走る時に、もう一度訪ねたい町だった。
約55km走行
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