5月2日
旧街道をサイクリングするのが好きだ。
それって、旅要素の強いサイクリストの特徴だと思う。
私も旧東海道を京都から東に向けて線をつなげるサイクリングをしているけど、53か所の宿場をカウントダウンしながら一気に走ってなくて、途中で寄り道を入れているので、まだまだ日本橋にはたどり着けそうにない。
今回の東海道ライドは、未訪問だった豊橋宿と新居宿までの区間を線でつなげて、そのまま浜松宿まで走る事にする。
コースはこんな感じで、6つの宿場を訪ねる。
34 吉田宿
JRで米原駅から豊橋駅までの輪行は、朝の新快速なら乗り換えがなく、約2時間の移動だ。
JR豊橋駅には、南口の豊橋鉄道新豊橋駅前に自転車組立スペースがあって、出発前の準備に便利だ。豊鉄には、サイクルトレインもあるし、豊橋ってサイクリストに優しい町なんだな。
豊橋駅と吉田城の間に旧東海道が通り、江戸から34番目の吉田宿がある。
東京まで292km、京都まで208kmの地点だ。
豊橋での前回からの宿題は、豊橋カレーうどんを食べる事。
11時開店の勢川本店に突撃する。
豊橋カレーうどんの特徴は、カレーうどんの下にとろろのかかったご飯が仕込んである事。
カレーうどんの出汁を最後まで食べ切れて、二度おいしい。
そして、豊橋産のうずら卵が入っている事だ。
豊橋は明治に改名された三河吉田藩の城下町で、東海道の防衛拠点として重要視されていたそうだ。その為、城主がよく変わり、出世城とも言われていたそうだけど、現代なら転勤の多い会社って事なんやろね。
33 二川宿
二川宿には、かつての宿場町を感じさせる建物が残っている。
宿場の中心地といえる高札場の跡には、二川町道路元標が残っている。
道路元標とは、明治の初めに設置された、町ごとの距離の基準点で、今では区画整理や道路の拡張で撤去され、全国的に殆どの道路元標は失われている事が多い。
道路元標が残っている周辺は、明治時代から大きく変わっていないという事だ。
二川宿の本陣資料館では、本陣の馬場家と倉橋家の旅籠清明屋の見学が出来る。
こんなモデルの展示って、当時のイメージが湧きやすいので好きだ。
田村家の商家駒屋。ここも敷地の広さにびっくりする。
二川宿を訪ねるなら、施設の見学に時間を取った方がいい。
二川宿から白須賀宿までの旧街道は、現在の国道1号線になっているが、それほど車は多くなかった。
白須賀への三叉路の地名は、一里塚があった事が命名の由来だろう一里山。
大津の一里山同様に、他の旧街道沿いにも一里山って地名はあるだろうな。
32 白須賀宿
1707年(宝永4年)に起こった、遠江大地震の津波によって、海沿いにあった白須賀宿は被災し、潮見坂の上に移設された宿場。
宿場の中にある、曲尺手(かねんて)と呼ばれる道の曲がりは、敵の侵入を防ぐ為だが、大名行列で身分の違う大名とかち合わない様にする為でもあった。
大名同士の上下関係がややこしいのは、池井戸潤の大企業小説みたいやね。
東海道沿いの『おんどや白須賀』は、無料の資料館だ。
弥次喜多が掛け合うナレーションで、周辺を説明してくれる装置がある。
『弥次さん、あそこの茶屋でかしわ餅、食っていこうよ~』
『喜多さん、あんた食う事ばっかりじゃねえか』なんて感じ。
潮見坂を行き交う旅人を表現した和紙の人形。
歌川広重の東海道五十三次白須賀宿は、潮見坂から遠州灘を見下ろす風景。
このコースの一番の見所やね。
東海道中膝栗毛や広重の浮世絵の時代は約200年前だ。
弥次喜多の頃の旅人と同じ風景を眺めていると思うと、感慨深いな。
31 新居宿
新居宿での宿題は、卯月園のうず巻をおやつに食べる事。
国道301号線の、旅籠紀伊国屋資料館の前にお店があるんだけど、以前来た時は閉まってたから。
今回は、浜名湖周辺に5店舗を展開する地元スーパーの『かきこや』で購入。
三河のあん巻きを薄く平たくした感じで、あんこは入っていない。
小麦の風味と黒糖の甘さがやさしい。
思ったより大きかったが、休憩で一気に食す。
新居関所史料館の見学も前回からの宿題だった。
今年1月の浜名湖一周で訪れたんだけど、閉館時間が迫っていて入館を諦めたんだよね。
江戸時代の旧街道にあった32か所の関所は、明治の関所廃止で全て解体された。
新居関所だけは、建物が小学校や役場として明治以降も使われ、現存する唯一の関所遺構として、国の特別史跡に指定された。
江戸時代の入国管理局である面番所では、『入鉄砲に出女』が特に厳しく調べられたそうだ。
敷地内に『女改之長屋』が再現され、当時の女性がどんな検査をされているのか、興味津々で見学したけど、改婆(あらためばばあ)と呼ばれる係の人の住まいの事だった。
30 舞阪宿
旧東海道では、新居関所から弁天島までは、渡船で渡っていた。
弁天島のお約束は、弁天島観光シンボルタワー(正式名称)での記念撮影。
ゆるキャン△パネルでパチリ☆。
新居宿から舞阪宿へは、海上交通なので港町って感じ。
舞阪漁港には、船着き場の雁木跡が残っている。
浜松宿へ向かう県道316号線の松並木。当時の街道はこんな風景だったんだろうな。
29 浜松宿
東海道の中間地点と言われる浜松宿。
本陣、旅籠合わせて100軒以上の規模の大きい宿場町だった。
浜松城は、武田信玄との闘いの舞台となった徳川家康ゆかりの城。
公園内には『大河ドラマどうする家康』ののぼりが所狭しと立っている。
翌日の3日から5日まで『浜松まつり』があって、5日には松本潤が参加するパレードが予定されているからだ。
ゴールデンウィークやイベント効果もあるだろうが、観光客が思った以上に多い気がする。
多くの人が浜松周辺での宿の予約に苦労したらしいが、私は無事に浜松に投宿する事ができた。
東海道をゆく。
旧街道の旅ライドの軌跡が、また少し伸びたな。
約45km走行
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