2月16日
走行ログが取れて、走った距離でマイルが貯まる『ビワイチマイレージ』
滋賀県の特産品の抽選応募の締め切りが2月末なので、欲張ってライドの回数を増やしている。
マイレージはスタートかゴールが滋賀県内ならいいルールなので、今日は岐阜県方面へ足を延ばす事にする。
中山道を赤坂宿まで辿って、金生山(かなぶやま)のピラミッドを見てくるコースだ。
中山道 鳥居本宿から旧街道ライド
彦根城の城下町から彦根道で鳥居本宿に合流すると旧中山道だ。
国道21号線を避けて、旧中山道の番場宿、醒ヶ井宿、柏原宿を行けば、古い家屋が時代劇のセットの様だ。。
江戸から60宿目の柏原宿の特産品は伊吹の艾(もぐさ)だ。
歌川広重の木曽海道六十九次『柏原宿』の図柄になっている艾屋の伊吹堂亀屋左京商店は、今も街道沿いに残っている。
天気予報は日中6℃の予想だったので、ウェアの選択を間違えた。風が冷たくて日中でも3℃なので寒い。
岐阜県との県境はすこし標高が高い事もあるんだろう、お日様が出ていても指先はかじかんだままでライドが少しツライ。
滋賀県と岐阜県の県境には近江美濃両国寝物語の碑。
細い溝を隔てた左右の旅籠では、寝ながら会話が出来たって話が寝物語の伝承だ。
旧中山道は車の少ない田舎道で、この辺りは旧街道ウォークの人たちも多い。
周辺の宿場町で最も大きかった今須宿や歴史的に有名な関ヶ原宿、垂井宿と旧道は続く。
一里塚は1604年に徳川家康が五街道を整備するにあたり作らせたもの。現存の垂井一里塚は中山道の国の史蹟だ。
垂井宿は中山道と大垣宿を経由して名古屋、宮宿への美濃路との追分だ。
分岐の石道標を見るのも旧街道ライドの楽しみ。
『是より 右東海道大垣みち 左木曽海道たにぐみみち 宝永六年己丑十月 願主奥山氏松平』の記載は、1709年に奥山さんのご先祖が建てたって事。
今日は中山道ライドなので、ハンドルを左に向ける。
旧中山道 赤坂宿
本日の目的地は、江戸から56番目の赤坂宿。
街道沿いには『嫁入り普請』と呼ばれる木造家屋が見られる。
江戸末期、皇女和宮の徳川家への降嫁の行列が通るにあたって、見栄えを良くする為に道路側を2階建てに改装した名残だ。
赤坂港跡。
歌川広重の木曽海道六十九次『赤坂宿』は、この杭瀬川を渡る旅人の風景がモチーフだ。
杭瀬川の舟運は、揖斐川を経由して名古屋まで荷を運んでいた。
JR美濃赤坂駅。
1919年開業の無人駅。改札もない木造平屋建ての駅舎のレトロ感は、マイ土木遺産に登録決定だな。
西濃鉄道調査レポート
美濃赤坂駅の貨物スペースは広く、今も西濃鉄道が乗り入れている。
西濃鉄道は金生山から産出される石灰石専用の貨物路線だ。
美濃赤坂駅から猿岩駅までの約1.3kmの市橋線を行くホッパー車。
同じく美濃赤坂駅に乗り入れていた昼飯線は2006年に廃線。
金生山のピラミッド
金生山のピラミッドを見に明星輪寺へ向かう。
約800mで標高差120mを一気に駆け上がる激坂は、最大勾配33%だ。
明星輪寺境内の岩巣公園で、石灰岩の奇岩を見る事が出来る。
岩場を歩くのは、ジャングルジムの感覚だ。
更に敷地を奥へ奥へと進む。道もなくなったが雑木林の中の踏み跡を辿ると、採石場を一望する崖の上に出た。
金生山石灰鉱山は日本一の産出量だ。
江戸時代からの採石場の風景は、眼下の小さな作業車と削られた斜面のスケールの差に遠近感がおかしくなりそうだ。
金生山ピラミッドは、ずっと見てられる風景だ。
西濃鉄道市橋線の乙女坂駅で、砕石がホッパー車に積み込まれていた。
美濃赤坂でJRに乗り入れて、名古屋臨海鉄道経由で日本製鉄名古屋製鉄所へ一日3便往復している。
道の駅池田温泉で休憩タイム
集落の中にいきなり『灯台』が出現した。
明治時代に水量が豊富だった杭瀬川に整備された市橋港跡。説明が無かったら、コレが何かわからないだろうな。
道の駅池田温泉のサイクルスタンドって位置が高めだ。
年齢的に肩が上がらず、非力な私は今後このスタンドを利用する事はないかもしれない。
補給は『たち川』さんのスペシャルあんぱん。
ココは高級食パン専門店なので、それ以外にはあんぱんしか無いのはサイクリスト泣かせ。
施設内に足湯があって、娘さんが一人で利用していた。混浴のチャンスではあったが、あんぱんを咥えて湯冷めしない様にと呟いておく。
向こうに見える山々は御岳山だろうか?
濃尾平野の岐阜方面に背を向けて、6mの向かい風を帰路についた。
85km走行 コースはコチラ
大垣市は歴史のある建造物を大垣市景観遺産・景観自慢物件として登録していて、今後の大垣市散策にも使えそうだ。
今日の明星輪寺や西濃鉄道も登録物件だった。
大垣市の公式HPはコチラ
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