WE CAN STOP IT FUKUSHIMA on 朝日新聞 | HAPPY ISLAND

WE CAN STOP IT FUKUSHIMA on 朝日新聞

ブログ見にきてくださる方はちょくちょくいるみたいなんですが、あまりいいニュースもなく、私自身も "unofficial" ではあるものの一応被災者のため気持ちの浮き沈みがけっこうあり、ずっと更新してなくて申し訳ありません。

みーvoさんのこと朝日新聞福島版に載ったみたいですね。遅いよ、朝日。

菅野和広さんって誰だろうって思ったら、かっぱさんじゃん。みーvoさんもフルネームで言えない。みーvoさんはみーvoさんだ。


よみがえれ古里の海 浜通りのサーファー、曲をネットに
2011年5月18日

 アコースティックギターから、少し憂いを帯びたメロディーが流れる。We can stop it Fukushima――。動画投稿サイト「ユーチューブ」で、静かに歌う福島県浜通りのサーファーがいる。彼が愛する古里の海は、福島第一原発事故で汚染が続いている。

 歌うのは大熊町のミュージシャン山田光昭さん(58)。同町で生まれ育った。高校時代から町を離れ、卒業後はバンドを組んで全国を回っていた。長男が生まれ、「古里で育てたい」と、30年ほど前に再び地元に戻った。町を出た時には無かった原発が建っていた。

 サーフィン歴も30年になる。浜通りは全国的にもサーフィンの盛んな地の一つ。サーフィンに適した地点が多く、南相馬市では世界サーフィン連盟公認の世界大会も開かれたほどだ。

 波が良い時は冬でも、海に入った。大会があれば、解説やDJを務めた。福島市内のサーフショップ店主、菅野和広さん(43)は、「サーフィンを通じて地域に貢献してきた人。初心者は別として、浜通りのサーファーで山田さんを知らない人はいない」と話し、地元では「レジェンド(伝説の)サーファー」の一人として、多くの仲間から慕われてきたという。

 3月11日は、波が悪かったため海に入らず、妻(58)と営む喫茶店にいた。突然の大きな揺れで店内はぐちゃぐちゃになった。「原発が危ない」と直感した。

 大急ぎで福島第一原発から約3キロの自宅に戻り、戻ってきた長男(33)と犬を連れて、車で逃げた。その日は二本松市で車中泊した。翌日、車内で原発爆発を知った。地震から5日後には、友人がいる徳島県海陽町まで避難した。

 20年ほど前、湾岸戦争の時にニュースで流れたオイルまみれの海鳥を見て作った曲があった。「あの時と同じだ」。今回、ユーチューブで歌うのは、その曲の後半の歌詞をリメークしたものだ。海陽町に滞在中の4月上旬、夜中にふと思い付いた。すぐに現地のカメラマンに映像を撮ってもらった。

 歌には、故郷の愛する海や大地への思いを込めた。

 母なる大地を食べつくす/見えない恐怖に怯(おび)えてる/悪魔と取引した罪で/緑の星が泣いている……

 山田さんに、いつも力を与えてくれるのが浜通りの海だった。「子どもの頃から遊んだ海。イヤなことがあっても、サーフィンをすれば忘れる。最高の波がある。海に入れば新しい曲も浮かぶ。私とは切っても切れない、心のよりどころなんです」

 原発の安定までは、まだ長くかかりそうだ。いつ古里に戻れるか、分からない。高濃度の放射能による海の汚染が止まらないことが、たまらなく悲しい。それでも、「We can stop」と歌い、信じ続ける。全国を転々とする日々が続くが、心はいつも、浜通りの海とともにある。(小池竜太)