移植周期始まる。悩む日々。
http://news.livedoor.com/article/detail/13271588/
こんな記事を見つけました。
自分の遺伝子を残したくないとか言われたら困るなー。
絶対毎日「あなたに会いたかったから長く苦しい道のりを乗り越えてやっと会えたのよ。」
と言い聞かせようと思う。
娘にも「ママのおなかにくっついてくれてありがとう。でもずっと待っていたんだよ。産まれてくれてすごく嬉しいよ」と
いつも機会があればいっています。
今日から移植周期です。
以下抜粋
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さらに「先端技術」は、予想しなかった問題も引き起こしている。それは、誕生した子どもの成長とともに露見し始めた。
「臓器移植なら、ドナーと患者1対1の関係ですが、生殖医療の場合、ドナーと受ける依頼者、そして新しく生まれる子どもという存在がある。彼らはまさに当事者にほかならない。なのに、本人の同意が取れないことがさまざまな問題を明るみにしました」
真実を知り、家族のトラブルに発展
そう指摘するのは、生殖技術の発達が社会に及ぼす影響などに詳しい慶應大学の長沖暁子准教授だ。
「卵子提供で生まれた子どもには遺伝子上の母と産んだ母がいますが、民法上の規定はなく、子どもの法的地位に不安定さが残ります。また、妹からの卵子提供で子どもが生まれた後で姉妹関係が壊れてしまったケースなど、予期しなかったトラブルも起きている。さらに、卵子提供には、ドナー、妊娠者ともに健康上のリスクを伴うことも確かなんです」
国内で最初の精子提供によるAIDが行われたのは1949年。これまでに1万人から2万人もの出生児が誕生したと言われているが、実数は定かではない。
「人工授精で誕生した子どもが大人になって、自分が父親と血がつながっていないことを知ってしまうケースが起きてきました。家族のトラブルに発展、生まれた子どもたちが自助グループを作って意見を発信するようになった。子どもはなんとなく“うちの家族には何かが隠されている”と感じるのです。
ある研究者によると、事実を知るきっかけは、ひとつは親の病気か死亡、2つ目が離婚、3つ目が何か変だと思って問いただしたことでした。ただでさえ家族の危機的な状況で、自分が生まれたいきさつを知ってしまう。ダブルのショックで、よけい混乱してしまうんです」
これまでは、精子提供で人工授精を行う医師でさえも「子どもには告知しなくても大丈夫」と言ってきたという。
「通常、自分がAIDなどで生まれたなんて想像がつかない。だから、すごく傷を抱えてしまう。子どもにとって社会の入り口は親。父と母がいて自分がいるという社会ですね。その根本が崩れる。そこからすべてを作り直していくのは大変なことです。
最近では、AIDで子どもを持とうとする親の会では、“子どもたちに事実を告げていこう。血のつながりのない家族があってもいいんだ”という人たちも出てきました」
子どもの出自に関して世界の潮流が変わったのは、1979年の国際児童年に『子どもの権利条約』ができてからだと長沖准教授。
「日本ではAIDで生まれた子どもしか発言していない状況ですが、アメリカでは卵子提供で生まれた子どもも発言し、技術を批判しています」
生殖医療を選択した女性でも、ドナーでもない「当事者」は何を思うのか。その声は、想像以上に切実だった。
その人は雑踏の中から喫茶店に入ってくると、こちらを見つけて軽く会釈をした。女性の名前は石塚幸子さん(37)。清楚なスーツに身を包んだ石塚さんは、出版社勤務だ。
彼女が、自分がAIDでこの世に誕生したことを知ったのは、23歳のときだった。
「きっかけは父の病気でした。父は筋ジストロフィーという重い病気を患っていて、その病気が子どもに遺伝するかどうか悩んだことが、私の出自の秘密を知るきっかけになってしまったのです」
精子ではなく実在する人間がいるか確認したいだけ
悩む自分に母親が告げたのは、父親とは血がつながっていないということだった。
「変な話、最初は少しホッとしました。病気が遺伝しないとわかったので。同時に他人の精子で子どもをつくるという技術に驚き、さらに大好きだった母が、こんな大事なことを23年間も黙っていたこともショックで……。悲しかったのは母に“なんで悩む必要があるの?”と責められたこと。きっと母としても後ろめたかったのでしょう」
私は隠したいような技術でこの世に生まれたの─? 当時、大学院で地質学の研究に取り組んでいたが、
「AIDや体外受精という言葉で頭がいっぱいになり、研究どころではなくなりました。環境を変えて1度リセットしたかった。そこで家を出て、大学院もやめたのです」
彼女は、精子提供者に1度でもいいから会いたいという。
「その人の身長・体重・学歴が知りたいわけではなく、ちゃんと実在していたかどうかを知りたいから。母親と精子というモノではなく、実在した人間がいるということを確認したいだけ。幼いころに知らされていれば、こんなにショックにはならなかったはずです。大切なのは、血はつながっていないけれど私たちは家族で、ここに一緒に暮らしていること、だから信頼して暮らしていこう。そう告げてほしかった。
私たちがAIDの自助グループを作ってから、養子を育てている人たちとも意見を交わしました。彼らは物心つく前に告げるほうがいい、と言います。楽しいことがあったとき、例えば3歳の誕生日のお祝いのときとかに伝える」
石塚さんが出生の秘密を知ったのは若い時期だったが、ほとんどのケースではかなり遅くなってからのことだ。つまり、結婚し、子どもが誕生したあとに知った人たちも多い。
彼女に、結婚と出産をどう考えるか尋ねると、
「結婚はしないと思う。子どもに関しては、まったく欲しいと思わない。自分の遺伝子を残したくない。自分が感じた不明な感覚を自分の子どもに味わわせたくないんです」
石塚さんは、この問題の根底に「普通」という問題が横たわっているという。
「結婚したら“子どもを産むのが普通”という価値観のために、これらの技術が使われているような気がします。きっと、ガイドラインやルールが誕生したとしても、日本では告知は進まないと思います。だからこそ、私が声を大にして言いたいのは、精子提供、卵子提供という方法を選択する前に、もっともっと考えてほしい、それだけなんです」
女性特有の乳がんや子宮がんには遺伝性のものも多い。遺伝子が注目される昨今、そこから出自の問題に遭遇する機会もあるだろう。今後、さらに議論を深めなければいけない問題に違いない。
取材・文/小泉カツミ──ノンフィクションライター。医療、芸能など幅広い分野を手がけ、著名人へのインタビューも多数。著書に『産めない母と産みの母~代理母出産という選択』ほか多数
告知について
アラフィフさんのブログからの派生で告知について皆さんの悩んでる記事がどんどん出てますね。
私は出自の件は何回も書いてるのですが、
この事のせいで欧州の中では卵子提供で有名なスペインには決められなかったのです。
子供への告知はします。
大昔、私の世代の漫画にはなぜか養子だったことを不意に知ってショックを受けるとか、
兄妹で恋に落ちるなんて漫画がよくありました。
子供が戸籍謄本を取り寄せて養女の記載にショックを受ける場面があったのですが、
提供を決めてからあの場面が何度も浮かんでしまうんです。
自分の子供に自分のせいでそういう思いをさせてしまう、そう思うと告知してやはりオープンドナーしかないなと。。。
スペインはGPDをやっていて、エンブリオスコープもある。
はるかに卵子提供や体外受精の数をこなしてる感じがしました。
3回目も陰性だった今スペインでやっておけばよかったなって後悔はすこしあります。
せっかくオープンドナー探しても妊娠しなければ意味はありませんからね(笑)。
今月からまた移植周期になり皆さんのブログでも告知のことがかかれてて、またそのことについて考えました。
というのも体外受精や卵子提供をオープンに話してきた私でも、
日本人社会の人にオープンにするという事に少し抵抗があったのです。
それはなぜなのか?
体外受精のことは職場でも日本の友人でも、
はてはそこにいる警備員のおっちゃんにも、
気軽に話してしまっていた私なのですが卵子提供は少し違うのです。
深く考えてみると子供が好奇の目で見られるのが嫌だから?
あの子卵子提供で産まれたのよって影でうわさされるのが嫌だから?
でも噂なんかされてもいいじゃないか。
とも思うんですが、なんか少し抵抗があるんです。
欧米の人たちみたいに養子、ゲイカップルの子供などを簡単に受け入れてくれないから?
野田聖子さんがめちゃくちゃ非難されてるから?
私が勝手に尊敬しているブロガーのMaryさんという方はアメリカで提供のことをオープンに話されてます。
その時にならないとわからないんですが、子供が学校に行くようになったら先生にさらっと言っちゃうかもしれません。
ドクターにも簡単に言っちゃいうと思います。
でも日本人の人達にいえるかな?
学生時代の友達になんとなく言ったときに「そこまでして欲しくない」ってお決まりのセリフを言われました。
体外ですらそういう風に言われましたから、卵子提供なんて羊のドーリーのような創造物でも作ってしまうかのような反応でした。
でもそれでも隠さないで言いたいなって気持ちはあるんです。
出来るかはわからないけど、誰かがやらなければ風向きはかわらないからって。。。
でも私こういった信念でとった行動が子供を傷つけることになるのは嫌なのです。
将来、日本ももっと考えがオープンになっててくれればいいのですが。
あれ?告知というより周囲へのカミングアウトの話になってしまいましたね。
子供に言ったら絶対に周りに言ってしまうよなと思うのでこういう展開になってしまいました。