新緑のこの時季になるとどうしても行きたくなるのは山だ。

 そういえばしばらく山へ行っていなかった。昨年の秋はクマ騒動が巻き起こったのでつい控えてしまい、およそ1年ぶりぐらいになるのではないだろうか。昨年はクマ出没情報が一目でわかる”クマップ”なるものを見たりもしたのだが、わたしがよく通う遠州最北の水窪はもちろん、出没はしているもののその頻度は例年と変わらず、里まで下りてこなければならないほど山にエサがないわけではないのかな、という感じだった。
 春は春でクマに遭遇する可能性はあるのだが、そんなこと言っていたらこの美しい季節を味わうことなんてできない。畑作業や家の用事の合間に出かけたのはまさにゴールデンウィーク明けの月曜日。目指すはやはり遠州最北の水窪。この日は常光寺山(標高1439メートル)へ行くことにした。

画像
 

 ここのところしばらく続いた雨の心配もなさそうで、山はご覧の通り新緑の真っ盛り。青空も広がり空気も澄んで、まさに登山日和。

画像
 

標高1100メートルの登山口に着いた時も空はまさに快晴だった。ただ、ここで虫よけスプレーを忘れたことに気がついた。この時季は早くもヤマビルの出ている可能性があるし、なにより歩いていても顔にまとわりつくその名も”メマトイ”という羽虫がうっとおしい。1年振りの山登りでつい、大事なものが頭から抜け落ちてしまっていたようだ。

画像
 

 さて、一歩森の中へ足を踏み出すと早くもツクバネウツギの花が咲いていた。低木であるが写真のとおり微妙な色合いのラッパ状の花が印象的。マルハナバチが蜜を吸いに来ていた。
 はるか頭上からは筒を吹いて音を出すようなその名もツツドリという鳥や、「ア~オ~ ア~オ~」と聞こえるこちらも名は体を現わすというか、アオバトの声が聞こえてくる(実際は体が青みを帯びたハトだからアオバトなのだが)。

画像
 

 森のなかは鮮やかな緑色に包まれている。わたしの感覚では新緑をやや過ぎ、鮮緑(造語です)といったところ。

画像
 

 ふと遠くに異様な姿の木を見つけた。

画像
 

近づいてみるとご覧のとおり。高木が裂けるようにして折れていた。落雷にでも会ったのではないだろうか。

画像
 

ただ、驚いたのはこの状態で木が生きていたこと。写真のように樹皮が繋がっていたので枯れなかったのかもしれない。どうもこれだけ強い樹皮をもつのはサクラの仲間。近くにはオオヤマザクラが数本咲いていたのでこれもそうだろうか。次に来たときにはどうなっているだろうか。

画像
 

 そんなことを考えていたら森の枯れ木に目が行った。地面のあちこちでは上のように木が倒れ、朽ちかけている。なにかの拍子に倒れた木々はこうして地面に横たわり、そしていずれ土に還る。わたしたち人間のように遺産や遺品、不動産なんかを残すわけでなく、もちろん土に還らない産業廃棄物でもない。命の果てかたがじつにシンプルで潔いではないか。
 一方、森の地面にはご覧のとおり、あまりというか、ほとんど草が生えていないのがわかる。よく見ると幹が細い低木すらあまり生えておらず、殺風景。これは、こうした森があまり人手の入っていない原生林だからということと、シカの食害に遭っているから、という2つの理由が考えられる。人手の入っていない原生林の中は背の高い高木に上空を覆われてしまうため、地面に陽の光が当たらず草や木があまり芽を出すことができないというわけだ。
 が、それにしても草や低木がなさ過ぎる。写真には映っていないが、この近くにはコバイケイソウという草の群落があり、この草はユリ科で毒があるから動物が食べ残す。だとすると、このあたりの森の地面に草がないのはやはり、増え過ぎたシカによる食害だと考えていいだろう。昼間はほとんど姿を見ることがないが、このあたりには想像以上にシカが暮らしているのではないだろうか。

画像
 
画像
 

 そんな森の地面だがわずかにタチツボスミレが咲いていた。

画像
 

そして道のど真ん中にこれ見よがしにフンがしてある。

画像
 

やや大きめだったので一瞬、クマを疑ったが、それにしては小さいか。

画像
 

中身はなにかの木の新芽。前日までに降ったたくさんの雨で湿っていた。残念ながら落とし主はいまだ不明であるが、山ではほんとうに道(尾根になっていることが多い)の真ん中にここぞとばかりにしてあることが多い。これは、そこがフンをするのに適しているからというわけではなく、なにかを主張しているからのように思える。そしてそれはおそらく、ここはオレのテリトリーなんだぞ、という主張ではないだろうか。自分の排泄物で自分のテリトリーを主張するんてなんだか間抜けた気もするが、言葉や所有物のない野生動物にとっては排泄物から出る”匂い”が自分のテリトリーを主張するには最も効果的なのかもしれない。

画像
 

 さて、森の地面にはこんなものも。

画像
 

大量のブナの実。

画像
 

ブナの実は小粒ではあるが固い殻の中にしっかりと身が詰まっていて、人間が生で食べてもとても旨い(炒って食べるとなお旨い)。当然、森の動物たちも大好きで、とくにクマの好物だとされる。調べてみるとまだ中身の詰まっていそうな実がいくつもあったので、昨年の秋は5~6年に一度の豊作年で、このあたりに棲むクマは充分なエサにありつけたのではないだろうか。