バトルドーム!
ボールを相手のゴールにシュート!
超エキサイティング!
3Dアクションゲーム、バトルドーム
ツクダオリジナルから
「…以上がバトルドームのテレビコマーシャルのナレーション台本になります。」
男は落ち着いた声でわたしに言った。
しかしその声色はむしろ、自分を必死に落ち着かせようとした彼の興奮をこそ強調していた。
ほら、肩が震えている。汗が体を冷やしている。
わたしは気づかれるか気づかれないか、どちらでもいいがどちらも取れる微妙な、僅かな笑みを鼻から息と共に吐いて、彼の目を見て、言った。
「言ってること、サッカーでも同じじゃない?」
みるみる彼の顔が青ざめていった。そのグラデーションは、虚を突かれたというより、予想する限り最悪の展開が予想通りに起きたことへの恐怖に起因する類の変色を見せた。
まるで死刑囚が最高裁で死刑を宣告された時のように。
「バスケでも同じじゃない?」
彼の足元の床が外れ、首にかけられたロープが彼の呼吸を一瞬で止めた。わたしにはそう見えた。昨日「ダンサーインザダーク」を観たのも関係あるかもしれない。
エンドロールが流れないのが現実の良かったり悪かったりするところだ。
わたしは続けた。
「CM、流して。」
死体である男は、死体でありながらよろよろと立ち上がり、そう、ここで取り戻すことができる、ここで蘇ることができるはずと言い聞かせるように、生気を内側から白粉してわたしの方を向いた。
「ご覧ください。」
https://youtu.be/yZNr7hEDtP8
水を打ったような静けさが、部屋の形をしてわたしたちを飲み込んでいた。
映像が消えた後も、わたしはしばらくの間、静寂を象徴しているかのような暗い画面に、まるで何かが映っているかのように、視線を注ぎ続けた。
そんなわたしの姿を見る男の顔からまた白粉が剥がれていく様が気配だけでも分かった。ぺりぺりと音がしているかのようだった。
「あのさ、」
わたしの声は、池に小石を投げ入れた時のような小さな音であったが、池に小石を投げ入れた時のようにたしかな波紋をこさえ、部屋の静寂の隅々まで広がっていった。
ふたたび死体となった男は応えず、死人に口なしを体現するかのように黙っている。
剣豪が刀を抜く寸前のような張り詰めた緊張の風船が部屋に膨れ上がった。
「あのさ、最後の方の男の子、バトルドーム中にイッてない?」
袈裟斬り。
斜めに一閃ぶった斬られた死体は、最後の力で映像を再生した。
そこには確かに、バトルドームの力で昇天する男児の姿があった。すくなくとも、そう描かれ、そう見えた。
わたしにも、そして、男にも。
事象としては同様に、しかし真逆の意味で、男は今度は物理的に昇天した。実際に死んだのである。
わたしは思った。
なぜ…。
わたしたちは何者でもないのに。
わたしたちはバトルドームの開発元でも販売元でも映像制作元でもないのに。
バトルドームの発売から二十余年を経て、なんとなくバトルドームへの牛乳に浮かぶ薄膜程度の興味を箸でつまんだ人間だ。今更というのが文字通りミソだ。
わたしはバトルドームを持たなかった。
買わなかった。
今も買ってない。
これからもなんとなく、手に入れないだろう。
バトルドームは、わたしにとって(そしておそらく彼にとっても)、そういうものだった。
昔流行ったタレントを回想して実際に死ぬなんて馬鹿げているのだろう。
しかし。
「何事も一生懸命やれ」
お父さんが文字通り死ぬまで何度もわたしに向けた言葉だ。
わたしに果たせぬ一生懸命の"一生"を体現して"懸命"した男の死を、わたしはお笑い話にはできない。