一つの区切りにでも
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かつて銀行は、例えば不動産を銀行の特殊な武器にすることで、海外の銀行ランクに日本の銀行が上位に並ぶよう仕掛けました。そこで海外は日本の銀行にこれ以上の大規模化に歯止めをかける為、海外の銀行は約1割の自己資本率の維持されない場合は海外業務から手を引くというシビアなルールのBIS規制を敷きました。これで融資内容の変化を迫られたのです。これが融資基準の移り変わりの、最初のシステム変化です。


日本の銀行側の中には、バブルが弾けたような日本の銀行の異常現象は長続きはしないどころか、土地や不動産の価格が暴落する時代がくる、と予測していました。その通り、やはりに日本の金融システムが激的な変化を余儀なくされる時は突然やってきました。


その融資基準の移り変わりのきっかけこそ、バブル崩壊です。BIS規制で自己資本率が低めな日本は、国際融資市場から撤退せざるを得なくなりました。これを始めに、バブル崩壊で土地の価格は下限など知らないといった感じで、次々暴落する現象が多発しました。どこの金融機関もその暴落の下限が予測できず、下げ幅の底が見えない事態になったのです。不動産価格の暴落の際限が見えず、破綻していきました。銀行側も従来の不動産の融資基準から脱却を余儀なくされ、新融資の審査基準システムの構築をへと方向転換していきました。


銀行などの金融機関が対象の金融再生法が施行され、年に2度は銀行の各種経営指標を載せたディスクロージャー誌を店頭に置き、お客様に銀行の経営内容を表すことでその銀行の融資基準がわかるようになりました。融資基準が変わる二度目のシステム変化です。