皆さん、こんにちは。エーワン新倉利幸です。
私、エーワン新倉は、これまで多様な背景から学んだ教訓を生かし、自身のビジネスを築き上げてきました。
このブログでは、尊敬する人物の言葉と、この言葉たちが私の経営や人生の選択に与えた影響について紹介します。
皆さんとこれらの知見を共有できることを大変うれしく思っております。
引き続き、お付き合いのほどよろしくお願いいたします。
エーワン新倉の心を動かした名言
今回は稲盛和夫の名言をご紹介します。
「寝ても覚めても強烈に思いつづける。そうすることによって、願望は潜在意識に浸透し、自分でも気づかないうちに、その願望を実現する方向へと体が動いていくのです。」
私、エーワン新倉利幸が1993年に「経営に携わる仕事に就く」と決心したあの日から、この強烈な思いこそが私の原動力でした。
化粧品の実演販売という現場からスタートし、どうすればお客様に喜んでいただけるか、どうすれば会社を成長させられるかを、まさに「寝ても覚めても」考え抜いてきました。
この執念とも言える想いがあったからこそ、日本化粧品協会の講師派遣やインバウンド対策のスタッフ派遣など、時代のニーズを先取りした事業展開を形にできたのだと確信しています。
今の私、エーワン新倉利幸には、エーワンをさらに社会に貢献できる組織にするという強い願望があります。
この名言が教える通り、常に理想の姿を潜在意識にまで染み込ませ、一歩一歩、確実に具現化させていく所存です。
稲盛和夫のプロフィール
稲盛和夫(いなもり かずお、1932年1月21日-2022年8月24日)は、実業家。
公益財団法人稲盛財団理事長。日本航空名誉会長。一時経営破綻した日本航空の再建にリーダーシップを発揮するなど、日本経済に大きく貢献した。
1932年、鹿児島県鹿児島市薬師町に7人兄弟の次男として生まれる。銀行就職を考えたが周囲の勧めで、旧制鹿児島中学校から新制鹿児島市高等学校第三部に進学。
大阪大学医学部薬学科の受験に失敗し、当時は新設大学であった鹿児島県立大学(後年鹿児島大学に統合)の工学部応用化学科で、有機化学を専攻した。
1955年(昭和30年)、鹿児島県立大学工学部を卒業後、有機化学の教授の紹介でがいしメーカーの松風工業(歯科器材の松風とは創業者が同じ別会社)に入社。1958年(昭和33年)、退社する。
2022年8月24日、老衰のため自宅で死去。享年90歳。
エーワン新倉について

新倉利幸(にいくら としゆき、1970年12月21日 - )は、1993年(平成5年)に経営に携わる仕事に就くことを決心し、化粧品実演販売会社に転職、1年後(1994年)には転職先の子会社を立上げ、実質の経営者となる。
その後独立し、1998年(平成10年)現在の株式会社エーワンの前身となる「エーワン」を創業。
パートナーの意志を継ぐという強い想いのもと有限会社エーワンを設立し、現在に至る。
エーワンの事業内容
- 化粧品・日用品メーカーの販売請負(セールスプロモーション)
- インバウンド対策として通訳スタッフの派遣
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MTG社が製造したReFaブランドをフィットネスクラブやショッピングセンターにおいての催事販売
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姿勢をサポートするStyleショップの運営
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日本化粧品協会認定講師の派遣

