僕が働いているのは人妻性感ヘルス。
だから在籍女性の年齢層も高い。一番若くて25歳、最年長者で42歳。本物の人妻から、彼氏持ち、バツイチと色々だ。

女性が帰る際に給料受け取りのためにフロントに来る。明日の出勤の確認を問われ、「子供の運動会があるから雨だったら来れる」と答える。最初の内はそんな事でカルチャーショックを受けてました。もし自分の母親が、と考えてクラッ。

女性の待機室にて彼女たちの会話を聞いていると面白い。客の事、彼氏の事、旦那の事etc。僕は風俗の仕事をしている人たちを心のそこから尊敬している。皆、様々な事情があるにせよ一生懸命に働く。普通の感覚だったら考えられない仕事だ。僕には出来ない。接客していて(色々な意味で)キツイ客が来てもよっぽどの事がない限り女性を案内してしまう。女性たちは心の中では葛藤しながらも笑顔で対応する。そして待機室にて思いのたけをぶちまける。

風俗は必要悪だと思う。

だから国に認められたりとかして表に出てはいけないものだが、絶対になくてはならないもの。男に性欲と言うものがある限り。風俗のお世話にならずとも事足りる男性たちもいっぱいいる。しかし自分のように女性とのコミュニケーションが苦手な男にとっては本当に有難いシステム。これぞ福祉。

だから風俗嬢は天使なのである。

昔から売春という職業は存在していたし、いつの時代にも形を変えてあった。宗教と同じくらい人類には必要な物。それじゃ、女性の場合は?僕は女性でないので分からない。僕は、女性は男性ほど性欲が強くないと思っている。メディアでは性欲旺盛な女性像が描かれる事があるが、それはごく一部なのだと思う。男の場合、ある程度の年齢に達すると性体験のある無しが自尊心に影響してくる。本当の恋、等とは違う次元で必要なのだと思う。
風俗に遊びに来る客は様々。僕と同じ匂いを感じる人、恋人がいる人、家族持ちのサラリーマン、高齢者から障害者。もし僕に恋人が出来たら、それでも風俗に行くのだろうか?分からない。今の段階では行かなくて済むと思うのだが。この話を男友達にするとたいてい否定される。それはまた別だと。
僕が女性を好きになる時、二つの思いが発生する。この人の恋人になりたい。この人とHしたい。どっちかがより強い場合もあるし、同じぐらいの時もある。女性知り合うとHの相手としてどうかをまず考える。瞬時に。ちょっと違うと思えた場合その子とは気楽に話せるようになるから皮肉だ。

常に下心満載で女性と接してます。


それが敗因なのかもしれないな。

色々とご意見がありましょうが僕の考えです。皆様からのご批判期待してます。


なんだか恥ずかしいタイトルだ。愛読しているブログで関連した記事があり、僕自身も思うところが在り書いてみる。

学生時代に恋人がいたかいないかはその後の人生に大きく影響する。

同感。

人間持って生まれた性格と言うものがある。恋愛に向いているのと、そうでないの。後者の場合であっても成長の段階でそれなりのステップを踏んでいればその後の人生でそれほど苦しまずに済む。僕の場合、後者。父親が物静かで人とのコミュニケーションが苦手な人だった。対称的に母親は社交的な快活な女性。この母親こそが全ての元凶。人のせいにするのが良くないのは百も承知だ。しかしこれには訳がある。

聞いてください。

母親は僕が小学校1年生の時に「エホバの証人」と言うキリスト教系の宗教に入信。家庭内では母親の力の方が強く、僕と3つ年上の姉は、母に連れられ集会に通うようになる。
現在は? 当初、宗教活動に反対していた父親も途中で入信。今では指導的立場にある。母親は依然として熱心なクリスチャン。姉は、同じ信者の男性と今年の6月に結婚。僕は、20歳で上京して以来、現在に至るまで活動停止。
僕も、学生の頃は熱心に活動していた。週に3回の集会に欠かさず出席し、クラブ活動は制限され、帰宅部。中学生になると布教活動に力を入れ出す。学校から帰るとすぐにスーツに着替えて近所の家を一軒一軒訪問して布教活動。信者でない人との交友は制限される。

恋するシマもありゃしない。

もちろん恋はした、いっぱい好きになった。性に目覚め出した頃には女性の体にも興味があった。オナニーだけは人並みにしていた。もちろんそれも宗教的には禁止されていることだったが。罪悪感は覚えながらも、どうしようも出来なかった。婚前交渉は当たり前のように禁止されていたので、女性と付き合うなんてことは現実としては在りえなかった。妄想の中でのみ許された。今思い返してみると、学生時代はチャンスがあった。告白されたこともあった。もちろん断った。当時はそれが正しいと信じていた。
高校入学を期に自分のしている事に疑問を感じ始め、卒業すると逃げるようにして家を出た。実家と同じ市内で一人暮らしをはじめた。極貧だったが、自由を満喫していた。昔から好奇心が強く、東京に憧れて上京。一時期風俗に狂う。普通の恋愛をしようと思っても上手くいかないことに気づく。苦い思いを繰り返し、自分自身を振り返ってみる。
少し前までは、母親を激しく恨んでいた。今はそうでもない。母親の立場も理解できるようになってきた。ただ距離はおくようにしている。今僕が風俗店で働いている事は知らない。どれだけ悲しむかわからない。
ビートたけしが以前「振り子理論」とかいうのを言ってた。悪いことを目いっぱいしてきたやつは、その反動で目いっぱいいいやつにもなれる。確かそんなことだったはずだ。僕もまさにその真実に当てはまる。

仮に明日から、いきなりモテだしたとする。
女友達が増え、告白されまくりで、乾く暇ない~。でも、もう遅い。学生時代の恋愛はその後の人生における恋愛の100倍以上の価値があると思う。

その点は重々承知の助で、恋人募集中。


朝の6時39分。

今仕事が終わり家に着いたところだ。ブログにリアクションがあった。しかも女性からの反応。

恋の予感?

ちょっと待った! 

これは僕の悪い癖。女性に対する免疫がないため、少しでも親しくなった女性が出来るとすぐに恋愛の対象にしてしまう。友情と恋愛の見分けがつかない。いつもそれで失敗している。もっとクールにいかなくては。
それにしても嬉しい。

失恋した時に必ず見る映画がある。
ウッディ・アレンの「ボギー俺も男だ!」「ブロードウェイのダニーローズ」。
皮肉にもこの映画を教えてくれたのは、僕の初恋の女性。恋人にはなれなかった。今でも無意識に彼女の存在はひきずっているんだと思う。
映画の話に戻る。この映画、女性が見ると感じ方はまた違うのだろうけど、僕にとっては恋愛が全てじゃないと、一時的にではあっても思わせてくれるありがたい映画。

ウッディ・アレンが大好き。

決して美男子ではないがいつも美女に囲まれている人。そういう人に私もなりたい。

ブログの匿名性がとても気に入っている。日記をつけるのが好きだったが、ある時それまでの日記を全て捨てた。何とかしてでも変わりたくて。まったくナンセンスな話だ。わらにもすがる思い。ブログに僕の記録を残す。なるべく、正直に。誰にも気兼ねする必要はないし、気兼ねしては意味がなくなる。毎日続けれるように、深く考えないようにする。

僕の好きな言葉「花に嵐のたとえもあるさ、さよならだけが人生だ」
男。27歳。独身。北海道函館市出身。神奈川県川崎市在住。東京都豊島区池袋にて勤務。
趣味は映画を見ること、ウクレレを弾くこと。中肉中背。メガネ。坊主。A型。

映画業界に憧れ20歳で上京。某制作会社に助監督として入社。カラオケの背景映像・演歌のPV等を制作する。業界の体育会系体質に馴染めず今年の4月に足を洗う。派遣アルバイトで引越し、テレアポ、倉庫作業等をして食いつなぐ。今年9月、池袋東口にある某風俗店に男子従業員として入店。


その間にたまった借金約280万円。

彼女いない暦27年。

セックス体験人数8人(内素人3人)。

告白回数4回(内成功0回)。


9月26日日曜日、1年間思いを寄せていた女性に告白するも、撃沈。

今まで、どうにか利息だけは払い続けていた借金も9月をもって限界になる。借金の清算を決意。
9月28日、四谷にある某法律事務所にて任意整理に手続きを済ませる。
月々の金銭的負担と共に精神的負担が軽くなる。今後二度とサラ金からの借り入れは出来ない、代わりに借金は確実に減る。

心が前向きになった。

何もかもゼロからのスタート。風俗店勤務からの再スタート。恋人が出来そうな予感がする。何の根拠もないが予感がする。いままでにも何度も感じたこの予感。


「恋人がいる」と言う事。

ある人にとってはなんでもない事、当たり前の事なのかもしれない。僕にとっては住んでいる家が火事で全焼するくらいの大事件。

このブログは人生再スタートを決意した、彼女いない暦27年の男による、恋人が出来るまでのホンノわずかな(?)間の期間限定の日々の記録である。