みなさんに、支えられて | ニコリーヌの 夢見る頃を過ぎてもSAPHO症候群とともに

ニコリーヌの 夢見る頃を過ぎてもSAPHO症候群とともに

老いていく日々の中で楽しいことや思い出や思いついたことを書いています。
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目まぐるしい一週間でした。


昨日11月1日は、母が一月ぶりにお風呂に入いれた(寝たまま入れていただいたそうす。とても気持ちが良かったと言って喜んでいました。私もそれを聞いて、嬉しかったです。感謝です。


そして同日は、入院中の柏市の病院の病室で、介護認定の再判定の日で私も同席する予定でした。主治医の先生のおはなしを伺う日でもありました。
他にも、母の見舞いに関連した、たくさんの病院での用事がありました。

けれど、体調を崩した私は行かれませんでした。


息子に、細かく説明してすべてを頼みました。

母の家の隣りの方々・・・つまり私の幼なじみ家族が、お見舞いに来て下さいました。
今日、お礼の電話をしました。そこで、たいへん励ましていただきました。アドバイスもいただきました。

ケアーマネージャーさんにも、またまた大変助けていただきました。

今日は私自身のリウマチ科の病院の帰りに、こちらの私の住んでいる地元の地域包括センターの相談員さんに、情報を教えていただき、優しい応対が嬉しかったです。


私は、急な寒さがたたったのか、血圧が上がり、床につきました。
翌日、血圧が異常に下がり
起きられなくなりました。
血清反応陰性脊椎関節炎・・・(リウマチのいとこのようなもの) が急に悪化して、痛みで動けなくなりました。寝返りも出来ませんでした。でも、今は左足をひきずりながら何とか動けます。痛いですし、動けば炎症にも良くないから、なるべく動かないように言われていますが、動けるということはありがたいです。

母が入院前後は、私自身が頭の中も身体もパニック状態でしたが、周りのたくさんの人に助けられて、本当にありがたいと思いました。
病院と私の家との、50キロ余りの距離は、行き来するのは遠いです。

母と私のこれからの道をさがしていくのですが、たくさんのかたが、私に力をかしてくれます。少しずつ明かりが見えてくる気がします。

ありがとうこざいます。
ありがとうございます。
これからも、よろしくお願します。

画像は、千葉県の母の家から何年か前に分けてもらった石蕗です。
今年の秋は、瞬く間に過ぎていきそうです。