ずっと

「私は誰にも必要とされていない」って

思っているんですよ。

(中略)

じゃあ

本当に私が誰にも必要とされていないかって言うと

そんなことは全然なくて

 

 

まさに今

子育て真っ最中な私は

嫌になるほど私を必要としている

ムスメちゃんが目の前にいるんですよ。

 

 

必要とされすぎて

息が詰まることがあるくらいなのに(笑)

(さつきちさんの気持ち分かり過ぎる❗同じだった❗で、必要とされたい矛盾まで同じ❗爆)

 

 

何で

「私は誰にも必要とされていない」なんて

思っているのかな?

 

 

どうなったら

「必要とされている」って感じられて

満足することができるんだろう?

 

 

何てことを

考えていたわけですよ。

 

 

でも

さっぱり分からなくてね(笑)

 

 

それで

龍のジンさんに

聞いてみることにしたんです。

 続きは、こちらから下矢印下矢印下矢印

龍(ジンさん)

おまえが

「必要とされてる」ということを

勘違いしておるからであろう?

 

おまえにとって

「必要とされる」とは

 

誰かの役に立ち

おまえのおかげと感謝され

その者にとって特別になることを

指しておるのであろう?

 

いざ

そのような者が現れると

途端に負担に感じ

おまえの方から離れてゆくと言うのにな(笑)

 

おかしな話よ。

 

「必要とされる」とは

特別なことではない。

 

おまえの子や夫のことを

考えてみろ。

 

子や夫は

おまえが何かをしてくれるから

おまえを必要としておると言うよりは

 

おまえの存在を

ただ必要としておるであろう?

 

必要とされるとは

そういうことだ。

 

特別な何かになることではなく

誰かの利益になるようなことをすることでもなく

 

誰かにとって

その存在が当たり前になっておることこそが

必要とされておるということだ。

 

必要のない人間であれば

その存在は当たり前のものではなくなるからの。

 

役に立つことが

必要とされるということではない。

 

感謝をされることが

必要とされるということではない。

 

強く求められることが

必要とされるということではない。

 

利益をもたらすことが

必要とされるということではない。

 

その存在が

誰かの当たり前になってこそ

必要とされているということ。

 

当たり前になっておるということは

日常に欠かせない存在になっておるということ。


 

特別な何かになることよりも

誰かにとって当たり前の存在になること。

 

ただそこに存在しておることが

当たり前であり

その当たり前に必要な存在であるということ。

 

おまえは

その視点が

すっぽりと抜け落ちておるのだ。

 

おまえがそこに存在しておることが

当たり前の日常になっておる。

 

そのことこそが

何よりも必要とされておるということに

おまえが気づいておらぬだけよ。

 

ありもしないものを

手に入れようともがいておるから

その苦しみが、いつまでも終わらんのだ。


……………………一部抜粋終わり。私に大事な所は色を変えました✨

凄い、響いた言葉でした。


役に立つことが

 

感謝をされることが

 

強く求められることが

 

利益をもたらすことが


必要とされる事では無い。龍さんの言葉



存在がすでに価値が有るって事か。

心屋仁之助さんの言葉で言うなら存在給だね。


でも、例えば仁之助さんの存在給と私の存在給なんかは、やっぱり差がある❗って感じてて(笑)


それが行動と結果、現実として差があると信じてた。


存在給ってシンプルに存在だけだよね。

まだまだ行動と結果を紐付けしてるんだなぁ。





さつきちさん、シェアありがとうございますおねがい