Uです。


心のすみっこに隠れてるコを呼び出し中(笑




あの理不尽な体験のおかげで

理不尽なことは起きるものだ

というリスクが折り込めるようになった。


どれだけ自分が「正しい」としても
通らないものは通らない。


あー・・・

1つの出来事を思い出しただけだったのに

あれもこれもそうだったんだと

3つ、いや4つ
書きながら追加で思い出がやってきた。


理屈が通らないこと
本当にキライだったんだな。



小学校のI先生
中学校のS先生
嫉妬の塊のKちゃん
セクハラちっくなO課長
ストーカー化したK先輩
パワハラちっくなS課長


でるわでるわで、びっくり。

私も根深く大事に持ってたんだな。(汗


理不尽を認めたのは、いつだろう。


↑は時系列なんだけど
S課長の時は半年以上不眠気味で
とある研修で、本題とはズレてたのに
講師の方に認めてもらえて
脱出出来たんだった。

ここがターニングポイントっぽい。



理不尽なことはある。
でもそれは、私が「悪いから」
起きるとは限らない。


理不尽は理不尽でも

それをそっと、流せるようになった。


理不尽なことがあっても
あるものとして、受け止められるようになった。

器が大きくなるって
こういうことなのかもしれない。