毎日、明日香村を東西に畝傍山の方向に二上山を仰ぎながら車を走らせ、帰りは、同じ道を三輪山の麓に向かって走る往復30分ほどの間、思考がストップし瞑想状態に入っていることに気づいたのは、ここ最近のこと![]()
この周辺は大和三山に囲まれ、特に、明日香村は保護区域ですので、ただでさえ建物は古民家のみ、見渡す限りの野原が一面に拡がり、信号さえも限りなく少ない所です
そして、いつもその日のことを運転中も考えています
あーでもない、こーでもない、あーしよう、こーしようとか
結構悩みに明け暮れていることも多いw![]()
それがしばらくすると明日香村付近で何かしらふと降って湧いてきたようなことを思っているわけです
不思議だな~不思議だな~(^^)って
とある日
占星術書物で三輪山を惑星グリッドの起点という見方は古代からあるという
一文を見つけ、何々~~~!!!
つまり、
日本列島の臍の緒・紡錘型の神奈備山、三輪山は、
三輪山の張り出し台地から畝傍山までの直線は冬至の太陽の道であること![]()
畝傍山を頂点に香久山、耳成山は、二等辺三角形で
その半分の直角三角形は、ピタゴラスの定理の整数比の2乗で古代メソポタミアで使われた直角三角形![]()
三輪山から直線を畝傍山まで直線を引けば丁度矢印の形になっていること![]()
これらの山々は、人工の山で、特に三輪山はピラミッド状をしていること![]()
万葉集などで大和三山と呼ばれるにしては何の変哲もない小さな小高い丘のようなやまであること![]()
三輪山の大神大社は仮殿でその三輪山の中にある檜原神社が本丸で二上山に沈む夕陽は春分の日の出と日没の方向、これらの方向線は、日本全土に一辺ほぼ50キロの菱形グラフィックに張り巡らされ、その交点には巨石構築物が立ち、はるか遠い場所のシャーマン同士が夢で通信しあうためのもの![]()
三輪は昼の世界で夜の世界の天球図は、ほど近い神野山に天球の星がほとんど巨石で表現されている
文明と政治の興亡の末、今日現在の姿がある![]()
今は、とてつもなくそこに惹かれています
と、言って今読み進めているのは
「渡辺豊和氏」の書籍に限る
ただ、その興味深さと言えば計り知れず、、
これがメジャー書物になれば本当に日本史はヤバくなりますから、親しまれる書籍は、子どもたちの社会科の教科書ということになったのでしょう
つまり、当たり前の事ながら、氏の書籍を一読したところで、その信ぴょう性を我々読者が判断できる下地を持ち合わせないという事です
さらには、古代神話の記紀は星座物語であるとのことですが、一切の星の内容が消えているのは、その当時、弥生時代以降の作成者の政治的な意図があると言われています
これは、ほんの一端ではありますが、縄文人が占星術と科学を駆使していたことが垣間見えとても興味深いと思います


