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今日はこの動画を見ての気づきをシェアさせていただきます


長文になりますが、世界の見え方をかえる🐸具体的な方法として読んでもらえるとうれしいです



■ 勝手に決めつけて、世界を狭めて


フィギュアスケートのペアを見ていて、ふと引っかかった。

「この2人ってどういう関係なんだろう?」
「ペアって何?恋人?それとも違う?」

はっきりしないことに、なぜかモヤっとする。

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最初は、

「関係性が曖昧だから気持ち悪いんだ」と思っていた。

でも違った。

私は、“わからないもの”に対して勝手に枠を当てはめて、
その枠に当てはまらないと不安になっていただけだった。

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■ 無意識の決めつけが起きる仕組み

人は、はっきりしているものには安心する。

- これは友達
- これは恋人
- これは仕事の関係

名前がつくと、予測できる。

でも逆に、

- 定義されていない
- 境界があいまい
- 距離感が読めない

こういう状態になると、

→ 「これは何?」とすぐに決めたくなる

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■ 私の中にあった前提

今回見えてきたのは、

**「関係は明確であるべき」**という前提。

だから、

曖昧なものを見ると

→ 整理したくなる
→ 定義したくなる
→ はっきりさせたくなる

でもそれは、

世界のルールではなく、
自分が安心するためのパターンだった。

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■ 問題は曖昧さではない

ここで重要なのは、

曖昧な関係が悪いわけでも、
明確な関係が正しいわけでもない、ということ。

ただ、

曖昧さを許せないと、その瞬間に選択肢が狭くなる。

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■ PDCAで“見え方”を変える

ここで初めて、意識的にPDCAを回してみる。

- P(気づく)
   曖昧さにモヤついている自分に気づく

- D(そのまま置く)
   「これは何?」と決めず、一瞬保留する

- C(観察する)
   身体の反応や不安の質を見てみる

- A(小さく修正する)
   「定義しなくても存在していい」と少しだけ許可する

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■ すると何が起きるか

同じものを見ていても、

- すぐに決めつけなくなる
- モヤっとはあるけど耐えられる
- 違う可能性が見える

つまり、

世界が変わったというより、
“見方の自由度が増えた”。

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■ 少しだけ余白をつくる

やることは大きくない。

「これは何の関係?」と決める前に、

“定義されていないまま存在している状態”を一瞬そのまま置いてみる。

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曖昧さはコントロールできない。

でも、

それに対する自分の反応は調整できる。

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■ まとめ

私は、

曖昧なものが問題だと思っていたわけではなく、
曖昧さにどこか危険さを感じて、無意識に避けていた。

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だから、

- すぐに定義したくなる
- はっきりさせたくなる
- わからないままを置いておけない

そうやって、

安心をつくるために、先に枠を当てはめていた。

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でもそれは同時に、

まだ見えていない可能性や関係性を、
自分で切り落としていることでもあった。

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だから今は、

- すぐに決めない
- 一度そのまま置く
- その状態で感じてみる

この小さな繰り返しをしている。

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すると少しずつ、

「曖昧でも危険じゃないかもしれない」
という感覚が育ってくる。

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世界が変わったわけじゃない。

ただ、

曖昧さに対して開いていられる分だけ、
見える世界の幅が広がっている。