もう一度赤ちゃんを望むまでの記録。


長女が生まれて、現在4歳。

長女を出産してからは、

・実母のいる実家への引っ越し(同居)
・産後の不調が長引いたこと
・仕事復帰

など、いろいろなことが重なっていた。

夫とは、いつか2人目が欲しいね、と話していた。

でも、「いつか」と思っているうちに、どんどん先延ばしになっていった。

直近では、夫が仕事でパワハラや業務過多によってメンタル不調になり、1か月ほど休職することになった。

その後、職場が異動になり、少しずつ体調も回復。

夫婦でちゃんと会話ができるようになってきた頃、

「やっぱり2人目が欲しいね」

と、もう一度話すようになった。

そして6月。

妊娠がわかった。

「欲しい」と思ってから、わりと早く授かることができた。

長女を出産してから年月も経っていたし、

「もう4年も経ってるけど、案外ちゃんと授かれるものなんだな」

と、嬉しくなったのを覚えている。

また赤ちゃんを迎えられる。

長女がお姉ちゃんになる。

そんな未来を、少しずつ想像するようになった。



2026年7月8日


子宮筋腫があることと、長女も総合病院で出産していたことから、今回も大きな病院で診てもらうことにしていた。

心拍を確認してから紹介状を書いてもらうのが通常の流れだと思っていたけれど、

「最近は、先に紹介状を書いても問題ないことが多いですよ」

とのこと。

妊娠陽性の検査結果があり、胎嚢らしきものも薄っすら確認できていたので、

「まだこれからだと思いますけど……」

という感じで紹介状を書いてもらった。

紹介先の、出産予定の病院に電話をすると、

「分娩予約が埋まってしまうので、早めに来てください」

とのこと。

紹介先の病院は平日しか受診できなかったので、仕事の予定を調整した。



それまでも、いつも通りの日常を過ごしていた。

「長女が一人っ子のうちは、つきっきりで遊ぶぞー!」

なんて気合いを入れて、長女とたくさん遊んだ。

次に病院へ行けば、今度は胎嚢もちゃんと見えるだろう。

順調に育っているだろう。

そう思っていた。

つわりも出てきていた。

体調が悪い日もあったけれど、

「赤ちゃんがいるからだ」

と思えば、それも嬉しかった。

この時はまだ、

この先、自分が流産を経験するなんて思っていなかった。

ただただ、

「赤ちゃん、ちゃんと育っていてね」

と思いながら、いつもの毎日を過ごしていた。