「問題ない?長老が透明だとしたら、偽りの歴史書にならない?」

キヨコが眉間に皺を寄せた。


「嘘は書いていない」

ブンジュはきっぱりと言い切る。


確かに『サトリの歴史』では

透明なミンミの子や孫に

1人も透明な子が生まれなかったと、

そう書いてあった。

孫より後の世代については

はっきりと記していないが、

その文脈から

透明な子は、その後1人も生まれなかったと

感じられる文章になっている。


そして

男のサトリは心を読み取る能力があり、

女のサトリには抜群の記憶力があると強調し、

透明なサトリに目がいかなくなる。


あの歴史書は

透明なサトリの存在を

意図的に隠している?

でも…隠すくらいなら

端から書かなければいいのに、

なぜ

透明な人種の

ネロカーラス人のことを書いたのか?


「さぁ…」

ブンジュは急ぎ足で先を行く。


「何よ!とぼけちゃって!」

キヨコは走ってブンジュの横に並び

顔を覗き込む。

「ブンジュはどう思うの?」


「別に、何も…」

ブンジュは答えない。

こういう時、

サトリの男のように心が読めたら

全てが分かってスッキリするだろう。

同じサトリの血筋なのに

不公平だと思って

キヨコはぷぅっと頬を膨らませた。


そんなキヨコを横目で見て

ブンジュが呟く。

「世の中は不公平で理不尽なものだ。それを不満に思うなんてキヨコはとても幸せな環境にいるんだな」


そして

古くて粗末な小屋の前で立ち止まった。

物置小屋だろうか?

ちょっと傾いている。


「ここだよ」


え?まさか!

この小屋がエジャジの家?


ブンジュはノックもせずに

ただ黙ってドアの前に立つ。

黙っていても来客が分かるのだろうか、

ドアがスッと内側に引かれて開いた。


ん?自動ドア?


ドアの向こうは誰もいない。

ブンジュは当然のように中に入る。

キヨコも後に続いた。


え?何?すごい!


今にも倒れそうな粗末な小屋だったのに

室内は外観とは全く違っていた。


どこにこんなスペースがあったのかと思うほど

広いエントランスに

開放感のある高い吹き抜け

ツヤツヤの床。

ダークブラウンを基調とした落ち着いた室内は

気品と重厚感があり

近代的でオシャレだった。


以前、

カマスショイを探しに行ったときに

リッチーの高級タワーマンションに行ったが、

あの家に勝るとも劣らない高級な内装だ。


キヨコは落ち着かない思いで

キョロキョロと見回しながら

ブンジュについて行った。

挙動不審なキヨコが

鏡張りの廊下に何人も映っている。


リビングらしき広い部屋に入ると

大きなソファーに

全身白い体毛で覆われた

白熊のようなおじいさんが座っていた。


ブンジュが勢いよく頭を下げる。

この人がエジャジなのだろう。

老人なのに目力がある。

威厳のある風貌だ。

サトリの長老より長老っぽい。

その目がキヨコをギロリと見た。


あの人がエジャジさん?

私のおじいちゃん?


キヨコがそう思った途端

エジャジの強い眼差しが潤み、

大粒の涙がぼたぼたとこぼれた。


「…あの、私、キヨコです。ひのえさんの娘です。娘と言ってもひのえさんに会ったことはありません。赤ん坊の時に別れたきりです。母のことを教えて欲しくてここまで来ました」

キヨコも勢いよく頭を下げた。


エジャジはソファから立ち上がると

腰に下げた手拭いを抜きとり

ゴシゴシと顔を拭いて笑顔を見せた。


「ひのえの…そうか、この子がキヨコか」


     〈続く〉