元々人間はサトリだった。

今から約500万年も昔の話だ。

祖先は人間と同じ、

直立二足歩行の猿人だ。

進化の過程の初期段階といえる。


その時代、

心の中は本能で満たされていた。

好きか、嫌いか、というシンプルな感情、

ただそれさえ分かれば十分な時代。

相手の心を悟る能力を持っていた。


自分と相手、

お互いの気持ちを見せ合って

気の合う者同士で群れていく。

子が生まれ、

種族が増え

一族は集団になった。

その頃はまだ

口は食事専用の器官でしかない。


やがて氷河期がきて

地球上の陸地の3分の1が氷に覆われる。

今から約300万年前のことだ。

凍っては溶け、

溶けては凍りを繰り返し、

第4紀氷河時代は現代まで続いている。

(現在は間氷期)


氷期の厳しい寒さに耐え

ひもじさに耐え

種族は身を寄せ合った。

間氷期になって寒さが緩んでも

激しい乾燥や湿潤など

大きな気候変動があった。

他にも磁場の逆転、噴火等、

過酷な自然環境が続き

絶滅した種も少なくない。

地球上の全ての命が

篩(ふるい)にかけられた。


その中で

直立猿人たちの一部の種が

奇跡的に生き残った。


そして、間氷期に入る度、

猿人は大きく進化した。

知能の発達とともに

感情も複雑かつ豊かになっていく。

ただ生き延びるという生活から

遊びや喜びを求めるようになっていったのだ。


食事専用器官だった口で声を発し、

音を楽しむようになった。

泣き声や悲鳴でしか発しなかった声を

心地良い音として響かせる。


はじめは遠吠えのような声だったが、
呼吸を整え
音の高低や強弱や緩急を
コントロールできるようになった。

舌を「タタタ!」と鳴らせてみたり

唇をすぼめてから「ポン!」と弾いたり

「プルルル〜」と唇を震わせてみたり、

様々な音を面白がった。


楽しい音が生まれれば

皆が声を合わせ、音楽が生まれた。

そして音楽は心を高揚させ、

踊りも生まれる。


声は意味を持ち始め

複雑な感情を表す言葉も生まれた。

豊かな感受性を表現する器官として

口や舌はますます発達していく。


特に女は言葉を好んだ。

男の気持ちを

サトリの能力で読み取っていても

「好き」と言ってくれる男を求めた。


愛の言葉を耳元で語られる心地良さ

言い寄る男の声にときめいて

女たちは口説かれる喜びに酔いしれた。


そして、

女たちはどんどん欲張りになっていく。



    〈続く〉