「え?稲妻が?疫病退散⁉︎…って…ううん、まさかね」

母親が一笑に付そうとしたのを
キヨコは止めた。
「まさかじゃないよ!ママ、私も見えた。疫病退散って光っていたよ」

いつになく真剣なキヨコを
母親は少し戸惑いながら見つめている。
「ねぇ、ママ、聞いて。世の中には常識では理解できない不思議なことがたくさんあると思うの。今の稲妻も…」
ここぞとばかりに
キヨコが話そうとしたとき
玄関のチャイムが鳴った。

「あら、パパだわ」
母親が玄関に向かったので
話は中断してしまう。
せっかく
話し合えるチャンスだったのに…。

「おかえり〜」という母親の
明るい声に迎えられて
父親が興奮気味に入ってきた。
「ただいま〜!見た?ぶったまげたな〜。火の玉だよ。キヨコも見たか?でっかい火の玉だったよな?街中の人が口を開けて空を見ていたぞ。俺も駅からずっと上を向きっぱなしで首が痛いよ」
父親は大きな声で笑って
首を押さえた。

テレビはどの放送局も
臨時の特番になっていた。

巨大火の玉出現!

ニュースキャスターが
気象庁や宇宙科学の専門家などと
神妙な面持ちでやり取りしているが、
誰も明確な見解を導き出せない。

妖怪、九尾の狐が
日本中の人々に
霧状の薬を浴びせるために
ド派手な演出をしたなんて
誰にも分かるはずがない。
識者を名乗る専門家が
雁首揃えて議論したって無理だろう。

火の玉は日本全土で目撃された。
北海道から沖縄まで
大きな火の玉に照らされて
日本は、すっぽり霧に包まれたのだ。
人工衛星からの画像では
日本の上空に円が6つ、
コンパスできっちり描いたような
薄雲に覆われていたのだ。
珍現象と言うしかない。

異常気象か
宇宙人の仕業か
大災害の前触れか
時空の歪みか
神様のメッセージか
などとテレビもラジオも
ネットニュースもSNSも
勝手な憶測で盛り上がっていた。

妖怪に救われたなんて
露ほども思っていないのだ。
キヨコはタマモの功績を
大声で叫びたかったが、
我慢した。

ニュースの後半になると
火の玉の話ではなく
世界中で感染症が
蔓延していると告げていた。
それは新種の細菌で
抗生物質が効かない
スーパー耐性菌だと言う。

間違いない。
B-7だ。
リッチーとカマスショイは
どこでB-7を使ったのか。
なぜ世界に広まってしまったのか。

Dr.ホクリンは遺伝子を組み換えて
感染力と毒性の高い細菌を作り出した。
B-7は環境に変化する性格もある。
対策は難しい。
日本の常在菌には弱いらしいが、
海外ではどうなるのか。

「感染症で亡くなった人がたくさんいるらしいわ。怖いわね」
母親は怖がっているが
どこか他人事に聞こえる。
「日本でも感染者が出ているよ。亡くなった人もいる。気をつけないとな」
父親は用心するように言うが、
何に注意すればいいのか
よく分かっていない。

キヨコは部屋に戻り
モウスに話しかけた。
「玉ちゃん、やってくれたね!かなり派手な演出だったけど、間違いなく薬を日本中に振り撒いた。すごいよ」
喜んでいるのだが、
どこか浮かないキヨコに
モウスが首を傾げた。

「玉ちゃんよくやったモウス。安心モウス。でもモウス。キヨコ、嬉しそうじゃないモウス」
「うん、…世界に広まってしまって、大勢が死んでいる。日本だけが良ければいいってわけじゃない」
苦しそうに言うと
モウスがキヨコの頭を撫でる。

「キヨコはいい子モウス。とりあえずモウス、まず日本モウス。問題は次々出るモウス。全部いっぺんは無理モウス」
そう言うとモウスは
窓から夜空を見上げた。

「満月モウス。きれいモウス」
キヨコも空を見上げた。
「明日ママと話すモウスか?」
「うん、そのつもり。明日は土曜日で学校も休みだし、パパは仕事だから、ゆっくり話し合えると思う」

モウスは月を見つめたまま
「モウスもママと話をしてもいいモウスか?」
と聞いてきた。
そう言えばモウスは
両親と話をしたことがない。
人間に姿は見えなくても
声は聞こえるはずだ。
現にリッチーとは話をしている。

物心ついた頃から
キヨコは両親に
モウスが居ると訴えてきた。
両親は見えないモウスの存在を
信じてはくれなかった。
その時に声を発してくれれば
存在を納得してもらえただろう。
しかし
モウスは声を出さなかった。

いつもキヨコを助けてくれたモウスが
なぜだろう。
今まで全く疑問に思わなかった。

「もちろん、いいよ。やっとママにモウスのことを信じてもらえる」
キヨコも月を見つめながら答えた。


    〈続く〉