「やだ!モウスったら!何言っているの!」
キヨコは真っ赤になって慌てたが、
タマモとモウスは
そんなキヨコに構わず話を進める。

「そうかい!で、どんな男だい?」
前のめりにタマモが聞くと
モウスは急にお喋りになった。

「キヨコと同じ図書係のオミ君モウス。キヨコの斜め前に座っているモウス。キヨコは授業中いつもオミ君を見ているモウス」
「おや、キヨコは授業中、ずっと男を見ているのかい?クククッ…可愛いねぇ」

キヨコは茹で蛸のように火照りながら
「ち、ちがうよ!黒板を見ようとすると前にオミ君がいるだけだよ。ずっとなんか見てないもん」
と、否定した。

「オミ君とてもいい子モウス。かけっこが早いモウス。成績もいいモウス。おしゃべりは苦手モウス。でも優しいモウス。階段でつまずいたキヨコの手を取って助けてくれたモウス。ジェントルマンだモウス。そのオミ君の微笑みにキヨコはうっとりモウス。初恋だモウス」

タマモは手を叩いて喜んだ。
「いやっほぅ!いいね〜!初恋?そうかい!で、そのオミ君はキヨコのことをどう思っているんだい?」

モウスはちょっと考えてから言い切った。
「オミ君は皆に優しいモウス。でも特にキヨコに優しいモウス。きっとオミ君もキヨコが好きモウス。2人は好きと好きモウス」
モウスの言葉にキヨコは
顔からボッと火が出たかと思うくらい
熱くなった。

「キヨコ、良かったねぇ。オミ君もキヨコが好きだってさ〜!モウスが言うのだから間違いないね。あはは、キヨコ真っ赤だよ。茹で蛸だ〜!タコタコキヨコ!タコの口でチューしちゃえ!」
タマモはふざけて唇を前に突き出すと
チューっとキヨコに迫った。

キヨコは掌でタマモの口を押し返す。
「もう!玉ちゃん!ふざけないでよ〜。私はまだ10歳なんだからチューなんかしないよ」
「おや、10歳だとチューしちゃダメなのかい?じゃあ、いくつになったらチューしていいのかい?」

「え?」
そんなことを考えたことがなかった。
「それは…」
いくつになったらなんて答えられない。
「大人になったら…」
そう答えるとタマモは
真顔になって更に問いかけてきた。

「大人って20歳かい?でも結婚は18歳でもできるよねぇ。法律なんてものができる前はね、10歳だって嫁いだもんさ」

キヨコが言葉に窮していると
タマモが遠い目をして昔話を始めた。

「アタシは初潮もまだの子どものときに嫁いだよ。中国の貴族様に見初められてね。もう2000年近く昔のことだ」
嫌な思い出なのか
タマモは眉を歪めた。

「ええ⁉︎玉ちゃんは2000年も生きているの?」
「まぁ、それくらいは生きているよ。妖怪だからね」
驚くキヨコにタマモはすました顔をして返す。

「中国から日本に渡ったのが1000年くらい前だね。中国でも日本でもアタシはモテモテだったよ。なんせ超絶美人だったからね。やんごとなきお方と熱烈な関係になったこともある。あの頃は楽しかったなぁ」
そこまで話してタマモは口籠った。

「モテモテ?超絶美人?玉ちゃんが?」
キヨコはタマモをじっと見た。
縮れた白髪は乱れている。
しわくちゃのお婆さんだ。
美人の面影は無い。

「あ!キヨコは疑っているね?アタシは妖怪だよ」
そう言うとタマモは
ポンッと九尾の狐に変化した。
ギンッ!と空気が変わる。
モウスの毛が逆立った。
空気が圧縮されたみたいで
ギギギッと音がする。
お風呂の時と同様に
キヨコは動けなくなった。

「すまん!一度狐の姿に戻らないと変化ができなくてな」
直ぐにタマモはもう一度変化した。
途端に空気が緩み
キヨコの体もほぐれた。
ほのかに芳しい香りがする。
タマモを見ると
雅な十二単衣を纏った女性になっていた。

キヨコとモウスは目を見張った。
光り輝くような美女が居る。
以前、美人と名高い芸能人を見て
うっとりしたこともあったが、
それを遥かに凌ぐオーラがある。

「…た、玉ちゃん?」

呼ばれたタマモが
長いまつ毛を揺らし
ゆっくりとキヨコの方に視線を向けた。
その瞬間、
タマモの美貌に心を射抜かれた。

長いまつ毛に縁取られた輝く瞳、
気品ある整った鼻筋、
柔らかそうな唇は笑みを浮かべている。
白く透き通った肌は
ツヤのある白磁のように滑らかで
肩にかかる髪は黒くてサラサラだ。

タマモは静かに語り出した。
「我は玉藻前(たまものまえ)である。その昔、上皇の寵愛を受けたこともあったが、つまらぬ嫉妬により都を追われた。いや、追われただけでは無い。上皇を騙した妖狐と汚名を着せられ、殺されたのだ」

「え⁈玉ちゃん、話し方まで美人だ。え?何?殺されたの⁉︎まさか、玉ちゃんは妖怪で幽霊なの?」
キヨコはモウスにしがみついた。

「いいや、正確には殺されておらぬ。追っ手に刀で斬られたので死んだと思わせた。その方が、もう追われずに済む」
タマモがふふっと笑った。
見惚れるほど美しい。

キヨコは不思議に思った。
「玉ちゃん、そんなにきれいなのに、どうしてお婆さんの姿でいたの?美人のままでいた方がいいんじゃないの?」

超絶美人のタマモがため息を漏らした。
「美人は目立つであろう?我には役目がある。目立つ訳にはいかぬ」
キヨコはグッと前に出た。
「役目?どんな?」

タマモは居住まいを正した。
「我がお慕いしている方は日本を心から愛しておられた。我はその方の御心のために生きている。故に〝さえの神〟を守り、邪悪な奴らから日本を守るのが役目なのだ」

「日本を守る⁉︎」
キヨコは驚いた。
妖怪のタマモがそんなことを考えていたなんて
想像もしていなかった。



 〈続く〉