隣のテーブルのおしゃべり、
出入り口から聞こえる客と店員のやりとり、
食器のカチャカチャとした音、

オレは、
そんなものを聞きに来たわけではない。
美由紀は黙ったままオレの胸元を見ている。
目は合わない。

オレは沈黙に耐えきれず
しょうもない話題を振った。

「昨日、市村さんとどうだった?彼は明るくて話し上手で楽しい人だよね?」
美由紀は表情ひとつ変えない。
「ええ、いい人ね。藤谷さんも弥生さんと会ってたでしょう?彼女は美人で優しい人よね」

え?
何で弥生と会っていたことを知っている?
市村が喋ったのか?
それとも弥生か?

美由紀は視線を外したまま、
髪を触り、毛先を指にからめた。
怒っているように見える。
これはもう、正直に言うしかない。

「うん。弥生さんは美人で優しいね。だからオレ、付き合おうと思っている」

美由紀はパッと顔を上げ、
漸くオレを見た。
目を見開いて驚いている。
弥生から聞いていたのなら
この表情はないだろう。

ハンバーグランチが運ばれてきた。
ベストタイミングだ。
美味しそうなものが運ばれてくると
人間は自然と笑顔になるものだ。

オレは
「いただきます」
と、ハンバーグを一口入れて
「今日中の話って何?」
と尋ねてみた。

美由紀は大きく深呼吸をした。
「いただきます」
美由紀もハンバーグを一口入れた。
「美味しい!」
美由紀は
オレの問いかけが聞こえなかったように
パクパク食べ始めた。

美由紀の上唇に
ハンバーグのソースが付いている。
オレは思わず「ふふ」と笑ってしまった。

「なに?」
美由紀の手が止まる。
今まさに、
ハンバーグを口に入れようとしたところで
ピタッと手が止まった。

美味しそうに食べていた美由紀は
その手をバンッとテーブルについた。
食器がガチャンと音を立てて跳ねた。

「何がおかしいのよ!バカ!」
美由紀は上唇にソースをつけたまま
大声で叫んだ。
店の皆が注目している。

「ちょっと、美由紀さん、ここ、ここにソースが付いているから…」
オレは慌てて
オレの口元と美由紀の口元を交互に差した。
そして、わけのわからない美由紀の口元を
ナプキンで拭いてあげた。

「ごめん、ソースをつけたままの美由紀さんが可愛いなと思って、つい笑ってしまったんた。バカにしたわけじゃないよ。本当にごめん」

オレの言葉に美由紀は泣き出した。
「可愛いなんて言わないでよ。ううっ…私、待っていたのに…、藤谷さんからの連絡を待っていたのに…」

美由紀は泣きながら話し始めた。
泣きながら話すと声が大きくなるのは
ケンジと同じだ。
オレは恥ずかしさを堪えて聞くしかない。

「藤谷さんとは波長が合うと思ったのに!この人だって思ったのに!ハイボール、美味しかったのに!どうして!どうして私じゃないの?」

これは?告白か⁈
オレは戸惑った。

確かに美由紀とは話しやすかった。
波長が合っているとも思った。
天然ぽい感じが可愛いと思ったし、
好きかもって思った。

だけど、今は弥生がいる。
弥生は自分をさらけ出して
体当たりでぶつかってきてくれた。
過去も今も顔も体も
全部ひっくるめて弥生が好きだ。

「私たち同い年で皆29歳なの。真剣に結婚相手を探しているの。藤谷さんに会って、私、この人だって思ったの。だから、諦めない!」

美由紀も体当たりでぶつかってきた。
跳ね飛ばされそうな勢いだ。
弥生という存在を知っていて
ぶつかってくるとは恐れ入る。

でも、
押し切られるわけにはいかない。
どうする?
どうすればいい?


        《つづく》