現在、極左集団の革命的共産主義者同盟全国委員会(中核派)が活動を活発化させています。中核派とはどうゆう集団なのでしょうか?

1950年代に日本共産党は武装闘争を行なっていました。日本共産党武装闘争を放棄した後、党内の武装闘争継続派が離党しました。彼らトロツキーの世界革命思想に基づく極左組織を作りました。革命的共産主義者同盟(革共同)が誕生しました。

1963年に革共同は分裂し中核派と革命的共産主義者同盟革命的マルクス主義派(革マル派)に分裂しました。分裂の際に革共同の中核メンバーが組織に残ったため中核派と呼ばれています。

1967年に大学紛争が開始しました。中核派、ブンド、解放派(現革労協)が三派全学連をを結成し、学生運動に介入しました。中核派は学生たちに暴力を扇動しました。大学のバリケード封鎖や火炎瓶の投擲が日常茶飯事でした。

1969年に機動隊が東京大学のバリケード封鎖を解除しました。学生運動は衰退していきます。それ以降、中核派はより過激な武装闘争を行なっていきます。