今回は極左によるテロ事件や内ゲバ事件について説明して行きます。

学生運動が下火になった頃、日本共産主義者同盟(ブンド)の分派から赤軍派が誕生しました(1969年)。赤軍派は爆弾を使ったテロを各地で行いました。赤軍派は飛行機をハイジャックして北朝鮮に渡航しました(1970年)。また、日本赤軍と称し中東に行き、現地の共産ゲリラと合流し世界でテロを行いました。国内の赤軍派は連合赤軍と称し仲間のリンチ殺人や浅間山荘事件と呼ばれる立てこもり事件、機動隊との銃撃戦を行いました(1972年)。

中核派と革命的労働者協会(革労協)は革マル派と殺人を含む内ゲバ抗争に突入しました。現在までに100人以上の人間が殺されました。

極左は学生運動の次に、成田空港建設反対運動に介入しました。多くの機動隊が極左に殺されました。極左は成田空港や建設企業に多くのテロを行いました。ブンド系の極左が空港を占拠し破壊しました(1978年)。

極左は国鉄(現JR)の民営化反対運動にも介入しました。中核派は全国の国鉄にゲリラ攻撃を加え、浅草橋駅が破壊され、通信網も破壊されました(1985年)。

極左は昭和から平成の御代替わりに反皇室テロを行いました。中核派は皇室ゆかりの神社を破壊しました。革労協は爆弾を使って警察官を殺害しました(1990)。

極左は数々の暴力闘争によって、国民の支持を失って行きました。また警察の取り締まりによって、極左は過激な活動が出来なくなりました。