私が敬愛する作家司馬遼太郎は、その著書“街道をゆくー韓のくにの紀行ー百済の旅”の中で、「朝鮮人は一般に多くの美質をもっているが、その致命的な欠陥というのは、仲間を組んでしごとをする場合に相互の協調性に欠けていることであった。困難なときはよく協調する。しかし一陽来復すると苛烈な内輪もめをおこす。」と民族的本質について、嘆き悲しみ論じている。古代、新羅・唐連合軍によって滅ぼされた百済は、日本の支援をもとに国の再興のために立ち上がった。しかし、その闘将たちのほとんどが内紛のため倒れ、百済は結局「白村江の戦い」で唐・新羅連合軍に対して何ら戦いらしき戦いもせず、衰えた士気を呼び起こすことなく自滅したという。

滋賀県蒲生郡日野というところに、天智天皇が開いた大津京で、今の文部大臣の要職だった鬼室集斯という百済の貴族の末裔の墓というか祠がある。集斯の父か叔父が有名な鬼室福信で、百済が唐・新羅連合軍に敗れた後、百済の再興のために立ち上がった武将だが、百済王がその力におそれ、嫉妬の心も湧き立ち殺してしまった。


朝鮮人の悪癖とでもいうべき、内紛、内輪もめ、骨肉の争い、大国に囲まれると何故にこんな民族的性格が表れるのであろうか。