競技者以外の方ならどなたでも参加可能です。32名のトーナメント勝ち抜き方式です。上位入賞者には丸秀さんからLA特産の雲丹酒盗詰め合わせセットが提供されます。ゲーム終了後は交流会が午後7時頃から行われます。LAでがんばっている人を応援するコーナーも設けて交流の輪を広げていきたいと思います。卓球をしなくても交流会参加も歓迎ですが同額です。ラケットは無料でお貸しします。初心者の方も歓迎、当日午後1時から練習できます。交流会に参加しないで応援だけの方は無料です。

エントリー枠あとわずかです。締め切り11月15日(木)正午 

 

開催日時: 11月18日(土)ゲーム開始午後3時 

                  開場午後1時(練習できます)

開催場所: 丸秀ビル   駐車場=ビル裏

開催場所の住所: 16901 S. Western Ave.2階, Gardena 

料金内容: 参加費$30(オードブル、ビール、焼酎、ワイン、ウイスキー、日本酒、ソフトドリンク、コーヒー込み)

基本的にUni Clubの釜揚げうに&いくら丼、、それ以外はいくら丼〈釜揚げうに丼は$2追加〉も用意しますので、うに&いくら丼、いくら丼、うに丼の3つのうちどれかを事前にお知らせ下さい。

 

卓球大会の上位入賞者、

優勝   雲丹酒盗5本セット

準優勝  雲丹酒盗4本セット

3位     雲丹酒盗3本セット

4位   雲丹酒盗2本セット

5〜8位 雲丹酒盗1本 x 4人分

じゃんけん大会 雲丹酒盗1本 x 2人分

上位入賞者には丸秀さんからLA特産の雲丹酒盗詰め合わせセットが提供されます。さらに今回はレミントンアメリカさんからじゃんけん大会で下記商品がプレゼントされます。

1)ビサFOOTパッチ 1パック$14.95(12枚入り6回分)x4パック

2)ビサ入り足裏シート 1袋$ 4.00(2枚入り1回分)x5袋

3)カゴバッグ $34.00 x 2個

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こんにちはビックリマーク

外人にはRiotaとしか認識されないりょうたです笑い泣き

 

昨日は日系博物館とドジャーススタジアムに行ってきました!

 

日系博物館はダウンタウンのリトルトーキョーにあります。

 

このインターンでは本当にカリフォルニアでの日系人の歴史について学ぶ機会が多いです。ニコニコ

 

日経博物館へは学生は6ドルで入ることが出来ました!

 

中には当時のノートや服、写真、動画などが展示されており、日本語の説明書きもあり、気楽に日系人の歴史について学ぶことが出来ました。

 

日本人らしき来館はもちろんいましたが、外人の方もたくさん来ていて、日本に関することを知ろうとしてくれいるのだと思うと少しうれしかったです。

 

そしてその後はドジャーススタジアムへ!

 

対ダイアモンド ト¨ッグス戦でした!

 

記者として来させていただいたので、特別にグラウンドに入らせていただきました!

自分がメジャーリーグのスタジアムのグランドに立っていると考えると少し興奮しました。笑

 

この日の先発はマエケンでした!(だから来ました)

 

海外のスタジアムは日本のものに比べ、騒がしくライブに来たような気分でした。笑

 

スクリーンに映し出された観客はみんな踊ったり手を挙げて叫んだりして、球場の盛り上がりがすごく、野球以外の面でもとても楽しませていただきました!

 

 

試合は残念ながら負けてしまいましたが、日本人の活躍を間近で見ることができ、とてもいい経験になりました^^

 

ありがとうございました!

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おはようございます!!

こんにちは!!

こんばんは!!

 

ひできでーすキラキラ

 

今回は「北米川柳道しるべ」という本について

書かせていただきますお願い

 

 

 

 

 

 

 

 

この本では、ロサンゼルスにおける日本人移民の

戦前・戦中・戦後の生活が川柳を通して

知ることができます。

 

そもそもなぜ、日本人がロサンゼルスに移住

しなければならなかったのかというと、シアトルや

サンフランシスコ航路があるという文脈のもと、

富国強兵政策で農民にしわ寄せがきて、別のどこかに

新天地を求めなければならなかったからです。

 

ロサンゼルスにやってきた日本人は、米国人よりも

農産や漁業の技量に長けていて、さらに国レベルでは

戦争において連戦連勝であったので、「カルフォルニアが

日本人に乗っ取られてしまうのではないか」という不安を

米国人が持った結果、

「排日」の風潮ができました。

 

排日の風潮による厳しい生活の様子は、「犬のよな

名前をもらって皿洗ふ」や「夫婦して拓いた土地は

他人(ひと)のもの」といった句からも

感じることができます。

 

また、排日という障害の存在によって、「日本町」が

発達しました。「日本の映画に母は泣きに行く」や

「二世週電車を止めて踊り抜き」の句からも

わかるように、排日の風潮に耐えながらも

普段の生活を楽しんでいたようです。

 

しかし、1941年の日本軍による真珠湾攻撃を

境にして、アメリカにいる日本人は「敵性外国人」と

なってしまい、収容所に送られました。収容所といっても

実際は馬小屋みたいな場所で、「どこまでも

不運馬臭を嗅がされる」や「馬小屋に住んでニンジン

喰わされる」のように劣悪な環境でした。

 

また、収容所では、「ナンバーで書くアドレスは

囚徒めき」のように「捕虜か犯罪人」のように

全員に識別番号がついていました。

 

このように、川柳を通して戦前・戦中・戦後の

日本人移民の心情を知ることができて

とても勉強になりました。

 

読んでいただき、ありがとうございました照れ

 

 

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