おはようございますおねがい

 

 台風13号は大した被害もなく良かったですね。

 

 毎日いろいろな情報が流れてきて、その情報を受けて行動をしているが、コロナ化以降少し気になっている点があります

 私もそうですが、気象庁の天気予報は数社のデーターを基に自分で判断しています。元のデーターが違うことや、分析の人の判断で少しづつ違っています。

 

 今回の台風13号台風も、日本に上陸前に熱帯低気圧になると予報をしているところはありませんでした。

また、TVテレビも映像は被害のあるところばかりで、たいして雨がふらず風も吹いてもいないところでも、いつ大雨や突風が吹くかわからないとの放映ばかりです。

 電車も身構えて、計画の間引き運転。

 

 結果的には台風といえども、普通の雨と変わらずでした。良かったということです。

 

 我々は少し、チャレンジすることが少なくなっている気はしませんか?

 

 子供たちはふたご座大人を見て育っていますが、だんだんと自らチャレンジすることを避けて通っている気がしているのです。

 

 安全、安心でいいのですが、冒険心というか、探検・発見というか、どう表現していいかわかりませんがそういうものが遊びでも、企業でも、農業でもだんだんとさせなくなってきた気がします。

 

 ジャニーズ事務所の問題、ビックモーターの問題、秋元さんの逮捕もいずれも我々が生まれた昭和初期にはよくあることで、誰もが公にすることなく黙認しており、たとへ意見したところでまったく問題することもなく消されていた時代です。パワハラも賄賂も普通に起きていた時代です。(いまはもちろん犯罪です)

 

 考えてみたら飲酒運転などの交通違反車も昔から違反でしたが冠婚葬祭やゴルフゴルフでは黙認、もみ消しの時代です。パトカー(過去がなかったとにしてますが、過去は消えないのです)。

 

 時代、時の流れというものでしょうか、もっと言えば時間空間が我々を変えていったのでしょうか。時間はパワーなのでしょう。

 

 さらには、情報過多によることで、見えなかった部分が公になるようになったということです。しかし、現在はあまりにも情報が多すぎることで本当の真実が見えなくなっていませんか?

 

 もう、あふれかえった情報があることで、自分の判断より情報PCが正しいと思ってはいないでしょうか?

 

 YouTubeでこれこれだからこうだよ、こう言ってたから、映像でながれてたから間違いないよとか・・・

 

 野菜作りも同じで、野菜にんじんのつくり方の情報はたくさんありますが、どれも正解はないのです。なぜかというと、育てる場所、その畑の土、水、日照は個々にまったく違っているので、作り手がそれを判断して堆肥や、元肥や、育て方、育苗の仕方、追肥の仕方を変えるしかないのです。

 

 いわゆるチャレンジしないといいものも、失敗もないのです。人生そのものと思いませんか。

 

 さて、私の手元には長年使用して判断する情報の基礎としてパソコンスマホという武器があります。この武器を利用して最後は自分で判断しています。

 

 パソコンPCはあくまでも機械として、発信される情報は判断の一手段として利用させてもらっています。

 

 さて、今日は台風の後の畑の様子をみて、育ちすぎたナスやピーマンやオクラも収穫しないといけませんね。これがまた、ワクワク乙女のトキメキ感がたまらなく楽しみです。