最近、幸せとは人によっていろいろで親子であっても、パートナーであっても違うのだとわかることがたくさんあります。
特に親はよかれと思って子供の幸せを願っていろいろ面倒をみますが果たしてそれが彼らにとっての幸せに当てはまるかは疑問です。
子どものことは母親の私が誰よりも知っているという過ちにも似た思い込みは、親孝行の子供にしたら重荷でしかありません。
親の愛情が身に染みるから余計に我慢してしまうというのはよくあることです。
親子であっても違う世界に身を置くようになるといろんな考え方を目の当たりにして自然と自分の中で選択するようになります。
小学校を卒業したころから親から離れている時間が多くなるのですから当たり前の事なのですが、そんな時間の流れさえも親は気が付かないでいるものです。
成長するにつれてそれは親はがし。ちょっと乱暴な言葉ですが、そうやって子供はひとりの人間、おとなとして成長するのかもしれません。
よく思春期の時は親を悩ます反抗期があったとしても、おとなになったらとても仲のいい関係になったという話を聞きます。
そんな時期があったから分かり合えるようになったのだと。
一卵性双生児のように仲のいい母子がいますが、外の世界を知らない分、傷つくことも少ないし、いつも親が守ってくれるという安心感がある反面、いつかは何かの形で独り立ちを余儀なくされると今までの平和な暮らしが崩れてしまうこともあります。
彼女は40歳後半で結婚して、最初は実家の近くに住んでいましたが、ご主人の転勤で、東京に行くことになりました。
それまでは細かいことまで母親に連絡してアドバイスをもらったり実家に帰って母親手作りのおかずを持って帰ったりとそれが毎日のように続いていたそうです。
ところが離れて暮らすと電話で聞いてもわからなければ帰って聞けばいいという安心感もなくなりちょっとしたうつ状態に。
母親もそんなにしょっちゅう行くこともできず、この結婚は失敗だった!とまで思うようになったそうです。
解決策は何でしょう。
今まで甘え過ぎていた、甘やかしていたことに気が付いたら、この遠距離を幸いとして今からでもお互いが独り立ちする時と知ることでしょう。
一日二回のLINEが一回となり少し自分で行動するようになったようですが、精神的な独り立ちにはもう少し時間がかかりそうです。
親子であっても一人の人間同士。新しい家庭を持つようになったことで親はがしが出来ればまた違う景色が見えてきそうです。
親子関係の柔らかい部分はなかなかデリケートな問題ですが、ちょっとした粗治療も時には良いかもしれません。