親父
最近、親父の人間の大きさがようやくわかってきたように思う。前は単に自分勝手でわがままな男としか思っていなかったのだが、それは私の視野が狭いためにそう見えていただけだったみたいだ。
ずいぶん前にブログに書いたと思うが、私の親父は熱い。その熱さゆえに朝のニュース番組で2回親父を拝見することができた。
1回目は私が小学生のときだったかな。名古屋の都市高速道路の建設反対集会に参加している親父がテレビに映っていた。家族全員が朝食をとりながらNHKのニュースを見ていたら、親父が映っていたからびっくりだよ。「いや、顔が映らないように下を向いていたんだが」というのがそのときの家族に対する親父のコメント。
2回目は私が社会人になって、ロンドン駐在していたときNHKの衛星放送で親父を見た。愛知県庁の前で座り込みで抗議をしている教職員の集団がいるとアナウンスされて映像が出た。おいおい、集団って3、4人かよ、とちらりと見て目が点になった。ありゃ?その中で拳をあげて声高々に叫んでいるのは親父じゃないか。「瀬戸のお父さん(うちのかみさんの父で当時愛知県庁職員)には見つからないようにしていたんだがなぁ」というのが、帰国して会ったときの親父のコメントだ。
恐らくもっとニュースに映っているに違いない。たまたま私が見かけたのが2回だけだったように思う。例えば、成田空港の建設反対集会にはよく顔を出していたようだ。私が社会人1年目で亀有の独身寮に住んでいたときに訪ねてきたことがあったが、集会に出席してきたと言っていた。あの頃にはもうほとんど抵抗派はいなかったはずだ。すげえな。
そのほかにも、部落問題、水俣病など、親父が興味を持ったことはたくさんあった。だが、親父はやみくもに何でもかんでも首を突っ込んで抵抗していたわけではない。「弱いものが権力に虐げられている」ことに対して、反骨精神を向けていたようだ。格好いいぜ。
今は年金じじいになって、私の知らない女性といっしょに暮らしている。好きなことに一直線で、ほとんど家には帰ってこなかったが、15年ぐらい前からまったく家に帰っていない。たまにメールで会いに来いと言ってくるが、さすがに知らない女性のいるところに家族では行けないぞ。そういったことはさっぱり気にしないで、好き勝手に自分のしたいことを子供のように貫いているじじいだ。母親には気の毒だが、常に我を貫く親父の生き方を尊敬するぜ。
ただ、メールの最後に必ず下手糞な俳句をつけてくるのには閉口する。俳句を褒めて欲しいのかな。リアクションをどうすればよいか戸惑うが、多分、俳句は俳句を詠んだことのない私の方がセンスがあると思う。ということで、俳句は褒めないでおく。