中国での開発
中国の開発会社を使ったプログラムの納品が始まった。出来栄えは日本の開発会社に頼んだ場合とほぼ同じ。自分なりに工夫した開発会社の管理手法が一定の成果を出していると判断してよいと思う。
システムを開発するにあたり、ユーザーの仕様を開発者に伝えるのは、相手が日本人であっても中国人であっても、難易度は変わらない。開発に携わる人に業務に携わる人が伝えきれない部分を汲み取る能力は無い。それどころか、10言って9作ってくれれば上等というのが現実である。
「伝えきれない部分」の大部分を占めるのが、言わなくても「当たり前」だとユーザーが思っていること。開発者は仕様書に書いていないから作りませんでしたと言い、ユーザーはこんなことまで仕様書に書かなければならないのかと言う。開発を管理する側と開発者の「当たり前」にもズレがある。開発のイロハだと思っていたことが、開発者によってはそうでない場合がある。
結局のところ、当たり前も含めてすべて文書で伝えるのが無難ということになるのだが、設計段階でそれらすべてを網羅することは非常に困難である。それを解消するために、機能の1つ1つの細かい部分まで記述されているテスト仕様書をユーザーと開発者とで共同して作り上げるという手法を取り入れた。これがなかなかうまく行っている気がする。
システム業界では10年以上も前から海外の人材を利用した開発に取り組んでいるが、成功例はほとんどない。開発費が安くても、管理が大変で管理費用が開発費用のコストセーブ分を食い尽くしてしまうというのが失敗者談だ。しかし、本当にそうだろうか。開発管理は相手がどこの国の開発者であっても大変だというのが私の持論だ。今までの日本の開発管理手法がそもそも甘すぎただけのこと。甘い部分のツケを開発会社やときにはユーザーに押し付け、開発管理者が責任逃れをしていただけに過ぎないのではないか。
今日、とある開発会社の社長に今回の管理手法で中国を使った開発例を紹介した。ここまで管理を行えば、中国での開発もうまく行くという手ごたえを社長には与えたようだ。同時に提示した開発見積りの一例には度肝を抜かれたようで、この値段で見積り提示されたら、絶対に太刀打ちできないと唸っていた。そりゃ、そうだろうよ。業界がひっくり返るぐらいの値段で実際に開発受託し、納品を行っているのだから。この値段で開発受託の実例をあげている開発会社は私の知る限りではない。
こんな強力な武器を手に入れたのに、今日も私は電話の会社の雑務に追われている。あーあ、早く開発をどんどん請け負いたいなぁ。