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発達支援にじパレびじょん

トレーナーの林ですニコニコ



前回は、息子の壊れたものを

私が勝手に捨ててしまったことが

不登校の始まりだったと書かせてもらいました。



前回の投稿



でも不登校になった本当の原因は、


「周りに迷惑かけるから」


だったんです。



息子は幼少の頃から刺激にとても弱く

感情が引っ張られやすい。


不安も強い。

(でも鈍感な面も持っている)


ASD特性から学年相当の勉強や活動に

着いていくのがやっと。


小3からそれが躊躇になっていきました。


そんな中で防衛本能ばかりが働き

癇癪やパニックが増えて、

授業中ずっと泣きわめいている事も

あったそうですショボーン


時にはクラスメイトとのトラブルも。

(原因は息子以外にもあったけど)



「右に習え」が当たり前の

ガッツリ昭和の教育で育った私は

あまりにも目立つ息子の言動に

居ても立っても居られなくなり、


《とにかく周りに迷惑をかけないように》


そればかりを気にして過ごしていました。


息子には、パニックになったら

廊下に出たりトイレに行ったりして

クールダウンするように伝えていましたが、


《息子のメンタル安定のため》


ではなく、


《息子が悪目立ちしないため》


を優先していていました。


そう、私の本当のミスは

「周りに迷惑をかけないように」


それを息子に何度も伝えていたこと

だったのです…


「自分は周りに迷惑をかける存在なんだ」と

思わせてしまったんですよね。



それから毎日のように、

「また学校で暴れちゃって迷惑かけるから行かない」と言って登校を渋るようになり、

約2ヶ月後には完全不登校になりました。



その後は就学相談を受けて転校。

特別支援学級に在籍しました。


転校をしてからもトラブルやパニックがあり

万事解決!ってわけにはいかなかったけど、

とりあえず毎日登校できるようにはなりました。



息子は登校できなかったのに、

転校するのをとても嫌がっていました。


根が真面目なので

本当は学校に行きたかった、

というよりは

行かなければならない、

とジレンマを抱えていたと思います。


実際に

「行きたいのに行けない」

とも言っていました。



転校してからも、


「自信を取り戻したら

また前の学校に戻れるよ!」


そう伝えて励ましていました。

(息子の場合、戻りたい気持ちが大きかったので)



結果、前の学校に戻ることはなく、

そのまま中学まで特別支援学級に在籍。



中学3年間も登校を渋ることなく、

比較的順調に過ごすことができました。



現在は通信制サポート高校2年、

今のところ無遅刻無欠席。

クラスで唯一だそうでびっくり





そして実は不登校から数年後、

改めて学校に行けなくなった原因を

訪ねてみたことがありました。

(これ、本当はNG)




「だってさ~

母が貯金箱捨てたから~」


「そっちか~い!!!」



今となって思うことは、

その当時通常級で過ごすことに

限界を感じていたので、

この件がきっかけで特別支援学級へ

在籍することになったのは


《なるべくしてなった》


まさにそんな気がしています。



とは言え、母である私の対応ミスで

起こったであろう出来事。


その時の教訓から学んだことは

その後の息子の関わりと、

そして今活動している発達支援にも

活かせているんじゃないかな、なんて

思っています。





最後まで読んで頂きまして

ありがとうございました!





ビジョントレーニングによる

発達支援行っています。


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