「怨霊と呪術」その4

　江原啓之氏がメディアで大きく取り上げられるようになって以来、日本では「スピリチュアル」という言葉が一般化した。そして、本意を理解せず、この「スピリチャル」という言葉は独り歩きを始め、今やなんでもかんでも「スピリチャル」と「オカルト」いう風潮になっており、もはやインチキなことを平然と言い放つ人間たちに免罪符を与えている。

◆江原啓之とスピリチュアリズム

　2005年4月5日に『国分太一・美輪明宏・江原啓之のオーラの泉』の放送が開始されて以降、巷には”江原マニア”が大量に出現。江原啓之氏が言うことなら何でも絶対的に信じる「江原教信者」の女性が世に溢れた。この人達のことは”エハラー”と呼ぶらしい。これはご本人の意向とは異なる状況を生み出したと推察している。

『オーラの泉』

　筆者は東京国際フォーラムで開催された江原氏の公開カウンセリングなるイベントに参加したことがある。多分、客席の95％くらいは女性客だったと思う。１部が江原氏のオペラ風コンサートで、２部が公開カウンセリングだった。運悪く、その日は歯医者の治療を受けた後で、麻酔を２本も打たれていたため、１部のコンサート中はぐっすり寝てしまった（笑）。江原氏の歌声がこれまた睡魔を誘ういい声で、ぐうぐう寝てしまったのだが、目覚めた時の周囲の女性たちの目が怖い怖い。「いったいアンタ何しに来たわけ？」と言わんがばかりの表情の方ばかりであった。もちろん江原教徒だ。

　面白かったのは2部の公開カウンセリングで、江原氏は自称「霊障に悩む女性」たちからの質問に次々と答えていったのだが、これが非常に痛快だった。「仕事も恋愛もうまくいきません。体調も悪く、たぶん悪い霊に憑かれているのではないかと思うのですが」といった質問に対し、江原氏は「違います！あなたの問題です。なんでもかんでも霊のせいにしてはダメです」と次々と一刀両断にしていった。この日、選ばれた質問の中で、リアルな霊障は2件だけで、その他の自称「悪霊に悩む人達」には悪霊なんかは取り憑いていないとのことだった。

　筆者は霊能者でもなければスピリチャル・カウンセラーでもない。だが、どうもそういう方々からの相談を受けることが多い。特に霊媒体質の方からの相談などがよく舞い込む。ちょうどこのイベントの直後、さる男性から「仕事も辞めて、プライベートも上手くいかない。体調も良くない。悪霊が憑いているからなんです」と言われたので、「あなたは死んだら悪霊になりますね」と答えておいた（笑）。

　実際、この世に執着が強い人や他人への怨みや憎しみが強い人は、死後も地上にとどまろうとするため、あの世に行こうとしない。そして、悪霊となる。この男性は「では、どうしたらいいのでしょうか？」と言うので、「江原さんのスピリチャル・カウンセリングを受けてみれば？」とお伝えしておいた。もし、行っていたら、きっと江原氏にぶった斬られたと思うが、彼のその後のことは知らない。

　江原啓之は、4歳の時、父親を薬害で亡くし、15歳の時、母親を癌で亡くしている。Wikipediaによれば、1981年、高校2年の時、姉が嫁に行き、一人暮らしを始める。大学に入学するも、「18歳までは守られる」という生前の母の言葉通りに、18歳になった頃から心霊現象に悩まされ19歳で大学を退学している。そして、エスカレートする一方の心霊現象を解いてもらう為に、何十人もの名の知れた霊能者を渡り歩くも解決できず、それまで霊能者達に支払った高額な料金で貯金も底をつき、自殺まで考えるほど精神的にも金銭的にも追い詰められたという。

　そして20人目にして出会った日本心霊科学協会の講師・寺坂多枝子と運命的な出会いをする。寺坂から霊的なものを健全に懇親に説明され、また寺坂は江原の卓越したスピリチュアルな霊能力を見抜き指摘する。江原自身は幼少の頃からスピリチュアルな能力は感じていたものの、まだ半信半疑だったという。自身の周囲で巻き起こる心霊現象も悪霊の仕業ではなく、江原自身の霊媒能力に寄るものが大きいと説明され、以後、寺坂多枝子に大きな信頼を置く。

　そして、人格や波長を高く保ち善きカルマを積めば、低級霊は寄って来ないとアドバイスを受け、自分の力をコントロールするため修験道（真言密教系）の修業を始める。1年間寺で修業した後、高尾山での 2年間の滝行により憑依体質を克服。「日本心霊科学協会」の「精神統一協会」や寺坂の主催する「清玲会」に通い、瞑想や本格的な心霊科学を学んでいった。

　十数年カウンセリング活動を続ける中で、楽して成功を求めるようなスピリチュアリズムの真理に反した物質的価値観による相談や非常識なクレームをつける人が多く、1年間に千件に及ぶカウンセリングの中でも、やってよかったと思えたのは10パーセントにも満たなかったという。そんな中で、応急処置的なカウンセリングばかりに時間を割くより、霊的な真理という「人生の地図」を普及させることの方がはるかに「人の助け」、「霊界の助け」になると考え、個人カウンセリングを休止し、執筆活動や講演活動に重点を移したという。

　確かにこの選択は正しいと思う。なにせ、このSNSの時代では誹謗中傷が激しい。ましてやスピリチャルの世界では、自称「スピリチャル・カウンセラー」やら「チャネラー」といった類の摩訶不思議な人達も多い。そうした中には、江原氏の言う「スピリチャル」ではない、カルトとしか言いようがないような言説がある。そうした話しには意味不明なものがあり、「スピリチャル＝オカルト」といった感じが否めない。ここに問題がある。

　カウンセラーと称している人にはかなり怪しい人間がいる。これは今に始まったことではない。平安時代の陰陽師にも在野の自称・陰陽師や「法師陰陽師」と呼ばれる者たちがいた。これらの中には陰陽師くずれ、陰陽寮をクビになった者、陰陽寮には就職できなかった者、さらには実際は僧侶だが陰陽道を独自に学んで祈祷やお祓いなどをしていた者たちがいた。これらの中には法外な祈祷料を請求するなど、まるで「細木数子か！」（笑）といったような者たちもいた。かの紫式部は『紫式部日記』の中で、「胡散臭い者たち」と呼んでいるが、それは現代の自称カウンセラーやら祈祷師、占い師も同様である。

　以下の画像などを見ると、いったいどこが神道なんだと言いたくなる。なんで神道と降霊術を同じレベルで扱えるのだろうか。こうしたオカルティックなサービスが増えるのも「令和」という時代の特徴である。よって、その呪術が本物か否かを見極める目を持たねばならない。そうでないと、新手の詐欺にひっかかるからである。自分の身は自分で守らねばならない。

◆「死後の世界」と「スピリチュアル」 　

　日本のスピリチャリズムは、西洋とほぼ同時期の幕末から広がった。平田篤胤と門下による死後世界の研究、黒住教、天理教、金光教など、「神がかり」による教派神道が相次いで成立。明治以降には、仏教学者の鈴木大拙が、死後の世界を描いたエマニュエル・スヴェーデンボルグの『天界と地獄』などを紹介。欧米の神秘思想・心霊主義がブームとなった。

　大正期には、当時もっとも実践的な心霊研究をしていた宗教団体「大本」が巨大教団へと成長、新宗教の源流の一つとなる。心霊主義運動の父・浅野和三郎は、もとは大本の信者だったが、1921年（大正10年）の第一次大本事件による大弾圧の後は教団を離れ、1923年（大正12年）3月に「心霊科学研究会」を創設。日本神霊主義を生み、昭和期に入ると欧米の心霊研究が本格的に紹介され始めた。

浅野和三郎

　浅野和三郎は、1928年（昭和3年）にロンドンで開かれた第三回国際スピリチュアリスト会議（世界神霊大会）に出席し、「近代日本における神霊主義」の演題を英語で講演している。さらにロンドンで霊媒や降霊会を訪ね、パリ、ボストン等を歴訪、心霊関連の文献を多数持ち帰っている。また、妻の多慶子は霊的な能力を持ち、1929年（昭和4年）の次男の新樹の死をきっかけに「霊言」（トランス・トーク）を行うようになり、『新樹の通信』、『小桜姫物語』（ともに霊界見聞録等の内容）を出版している。

　浅野和三郎の研究は東大の福来友吉博士へと受け継がれる。日本で大ヒットし、ハリウッドでもリメイク版が作られたジャパンホラーの傑作映画といえば『リング』、そして『らせん』であるが、『リング』の日本版の中に、超能力の公開実験の失敗によってマスコミから糾弾される大学教授が登場する。そのモデルであったと言われる人物が、飛騨高山出身の心理学者・福来友吉である。

　福来友吉は、明治2年（1869）、高山市下向町（現・本町3丁目）に生まれ、東京帝国大学哲学科へと進学した秀才である。大学では心理学を専攻、明治32年（1899）に大学を卒業した後も、心理学教室にとどまって学者としての道を歩み、明治39年（1906）『催眠の心理学的研究』によって文学博士号を授与され、催眠心理学の第一人者として研究を続けた。しかし、これまでの学説では説明できないような現象に出くわす。催眠中の被験者が、学術書の内容を透視するという不思議な現象を目の当たりにし、福来の関心は催眠心理学から超常現象・心霊現象へと移行していく。

　明治43年（1910）、福来は、透視の研究中に精神力の感光現象＝念写を発見する。心の中に思い浮かべている観念をＸ線も通さぬ鉄の箱に密閉した写真用乾板に焼き付ける実験に成功する。この実験に強力したのが透視能力を持った熊本在住の女性・御船千鶴子で、千里眼婦人として新聞紙上で評判になる。福来は、何度も千鶴子の透視能力を試す実験を繰り返したのち、その能力は本物であると発表して大センセーションを巻き起こす。東京帝大助教授が認めた千里眼婦人・御船千鶴子の出現は、その後、各地で何人かの超能力者が名乗りをあげる契機となった。

「千里眼」と呼ばれる透視能力を持った超能力者御船千鶴子

　御船千鶴子の次に、福来が関心をもった超能力者が、愛媛県丸亀在住の長尾郁子である。福来が認めた長尾郁子の能力は、文字を念ずると写真乾板にその文字を焼き付けることができるという念写能力だった。福来が念写能力を認めたという報道は、物理学者たちの大きな反発を招く。明治44年（1911）1月4日～8日、物理学者たちは、前帝大総長の物理学者・山川健次郎博士をリーダーとするチームを編成、長尾郁子に対し実証実験を行い、その念写能力はトリックであるという発表を行う。

　同年1月28日、御船千鶴子は重クロム酸を飲んで自ら命を絶ち、その2ヶ月後の3月26日、長尾郁子もインフルエンザで亡くなり、再び真偽を確かめる道は閉ざされたまま、日本中でもてはやされた千里眼ブームは終わりを告げる。だが、福来の超能力実験の被験者となった人物はもう一人いる。透視・念写能力を持つ超能力者として協力し、ホラー小説および映画作品『リング』シリーズに登場する架空の人物・山村貞子の名の由来、または山村貞子のモデルとの説もある高橋貞子である。

長尾郁子と高橋貞子

　貞子の夫・高橋宮二は超心理学の専門家ではなかったが、独自に精神修養のための呼吸法を研究しており、貞子も彼に倣ってこれを実践しているうちに、精神統一の方法を学んだとされ、宮二は貞子に霊的能力があると感じたという。宮二が貞子の能力に気づいたのは、奇しくも長尾郁子の初の念写実験が行われた1910年（明治43年）11月12日とされ、夫妻は当時、東京府豊多摩郡千駄ヶ谷町（現・東京都渋谷区千駄ヶ谷）で生活していた。

　福来の著書『透視と念写』によれば同日、貞子は宮二に、自分の手にした火箸がひとりでに火鉢の上を動いて「清」の字を記したと告げた。宮二はウィジャボードを試したところ、「貞子は清原千鶴子（御船千鶴子のこと、清原は千鶴子の義兄の姓）のように千里先を見通す」と出た。これにより宮二は貞子に透視実験の提案。同月より、字を書いた紙や物を箱に入れて透視するという方法で、20回以上にわたって実験が行われた。この経緯は福来の『透視と念写』にまとめられており、貞子はことごとく透視を成功させたとある。

　当時、貞子たちは政治家の鵜澤總明の邸宅内の一戸に住んでおり、鵜澤が福来と面識があったことから、鵜澤の紹介を通じて福来が貞子に関心を示し、福来のもとで実験の行われる運びとなる。この実験では、貞子は精神統一の後、あたかも別の人格が宿ったかのような言動で透視や念写を行ったという。これが御船千鶴子や長尾郁子と異なる大きな特徴であり、福来はこの別人格を「霊格」と呼んでいる。

念写実験の結果

　貞子の実験結果は、福来により御船千鶴子、長尾郁子の実験結果と前述の彼の著書『透視と念写』（1913年）として出版されたが、逆にこれは「迷信を増長させる」として、多くの学者たちの反発と批判を招く。福来はさらに貞子の実験に立ち会う学者を求めたものの、これ以降、学者陣は福来に関心を示すことはなくなった。福来は数々の念写・透視実験に成功したものの、唯物主義の学者たちはこれを認めず、東京帝大を追放される。御船千鶴子は自ら命を絶ち、長尾郁子も亡くなり、高橋貞子も行方不明となっている。

　貞子の夫・宮二によれば、夫婦で岡山に戻った後、貞子は心霊治療を行っており、周囲から熱心な支持が得られ、希望があれば渡航して治療していたとされる。こうした治療行為は、1925年（大正14年）まで続けらたという。宮二が1933年（昭和8年）に出版した『千里眼問題の真相』によれば、貞子は同1933年頃まで岡山にいたことが記録されているが、その後の記録は未確認であり、晩年の様子や没年も定かではない。福来はその後、高野山に入り高野山大学教授を勤めつつ「心霊と神秘世界」その他多数の著書を残し、昭和２７年（1952）に仙台で亡くなった。

　映画「リング」と、その原作の同名小説（鈴木光司著）の中で、念写によって呪いのビデオを生み出した超能力者「貞子」の出生と、その母の秘密が明かされるシーンのモデルになったできごとが、これら福来の実験だった。御船千鶴子が自殺し、長尾郁子も無念のうちに亡くなったことを考えると、映画「リング」の貞子のように怨霊になったことも考えられる。なにせ彼女たちは超能力者である。一般の人間よりも強い念力を持っていたのだ。

　しかし、筆者が気になるのは高橋貞子が岡山県和気郡和気町の生まれだという点だ。ここは奈良・平安時代に活躍した和気清麻呂の出身地域であり、隣接する磐梨郡とともに豪族和気氏の勢力下にあった地域である。和気清麻呂、姉の尼僧・和気広虫（法均尼）もともに「宿禰」である。「契約の聖櫃アーク」を触ることができる武内宿禰の末裔の一族である。和気広虫はご神託を降ろせる特別な巫女であり、和気清麻呂は審神者であり預言者である。

　もし、高橋貞子が和気清麻呂一族の者であったのなら、貞子が御船千鶴子、長尾郁子とは異なり、あたかも別の人格が宿ったかのような言動で透視や念写を行ったという話しも理解できる。要は神降ろしをしていた、もしくは強力な霊を降ろしていたというこだ。単に超能力を超えた巫女としての力を発揮できる特別な存在だったのかもしれない。

＜つづく＞