明日はクリスマス・イブ。

だが、クリスマスには悲しい思い出がつきまとう(笑)

 

1981年のクリスマス・イブ。

高校2年生だった僕は、渋谷駅前の約束の場所で彼女が現れるのを待っていたのだが、なかなか来ない。

 

30分。

 

「なんかあったのかなぁ…」などと心配になりつつ、

「いや、大丈夫。必ず来てくれる」と信じて、彼女を待った。

 

そして、1時間が経った。

 

さすがに心配になり、彼女に連絡をすることにした。

携帯もポケベルもない時代、当然のことながら、連絡する手段は彼女のお家に電話をかけるしかない。

 

 

「すみません、☓☓☓さんはいらっしゃいますか?」と僕。

 

「娘はでかけてますよ」と、電話に出たお父さんの返事。

 

「わかりました。ありがとうございます」と僕。

 

諦めてもう少し待つことに決めた。

 

 

寒い中、渋谷の駅前の待ち合わせ場所で、さらに待つこと1時間

 

彼女のお家は渋谷からたった2駅。

さすがに彼女に何かあったのでは?と心配になり、再度、彼女のお家に電話を入れた。

 

またお父さんが電話口に出た。

 

「たびたびスミマセン。実は娘さんと待ち合わせをして、もう2時間待っているのですが、

 まだ来ないんです。何かあったのか心配で電話してみたのですが…」と僕。

 

「…。申し訳ないが、娘は出せません」とお父さん。

 

「えっ?」と、心の中に動揺が走った。

 

 

さらに追い打ちをかけられた。

 

「どこの馬の骨かわからない奴と娘を付き合わせる訳にはいかない」

 

ガシャ!とお父さんに電話を切られた。

 

「え〜っ!勘弁してよ!」と僕の心の声。

 

そう、彼女は家から出してもらえなかったのだ(泣)

 

 

「それなら最初からそう言って欲しかった…」とお父さんには言いたかったが、時すでに遅し。後の祭りであった。

 

結局、彼女のために買ったプレゼントは行き場を失くし、ゴミ箱に行く運命となった。

 

高校生の男子には、とても辛くて悲しいクリスマス・イブとなってしまった。

 

 

デートをした時は、街ゆく男たちが次々に振り返るほど、彼女はとても目立つ、本当に可愛らしい娘だった。

そんな彼女が自慢だったし、心から彼女のことが大好きだった。

だから、この失恋の痛手は大きかった。

 

 

 

後日、彼女から手紙をもらった。

 

「ごめんなさい。行けなくて」

 

そこにはお父さんがいかに立ちはだかったのかが書かれていた。

 

結局、この手紙でお別れとなってしまった。

たった2ヶ月、デート4回で終わってしまった。

 

 

さらに後日、彼女の友人から聞いた話では、

「娘には真面目で、有名校の男としか付き合わせない」というのが彼女のお父さんの考え方だそうで、

僕はその条件を満たしていなかったらしい。

 

「くそ〜!」と思いつつ、もう2度と会うことはない彼女の微笑みを思い出した。

 

 

それから4年後のことだった。彼女をブラウン管の中で見つけた。

 

「どっひゃー!」

 

「えええ〜〜〜〜っつ!マジ?」

 

彼女はフジテレビの深夜番組でMCを務めていたのだ(笑)。

 

「土曜の夜は、オールナイトフジ!」

元気よく彼女が叫んでいた(笑)

 

 

「お父さん、そりゃないでしょ」と心の中でつぶやいた。

 

ひとりきりのクリスマス・イブの悲しい思い出が蘇った夜だった。