人類史上最大の陰謀「生成AIの謎」その32
日本人にとって、ロボットは「トモダチ」であり「仲間」である。それは日本人が最初に見たロボット『鉄腕アトム』から始まっている。だから、ソニー元社員を中心とする有志によって、バッテリー寿命を迎えるなどした初代AIBOへの修理対応を続ける会社があり、元技術者たちは「修理」でなく「治療」と呼び、所有者からの部品再利用の申し出を「献体」と表現する。人間と同じく扱うのである。さらにAIBOの飼い主たちは2015年1月、AIBOの合同葬儀を仏教形式で行ったのである。世界広しといえど、ロボットの葬式を挙げる国なんて日本しかない。そして、葬式後のAIBOは故障した他のAIBOのドナーとなるのだ。 上の画像はAIBOの葬式である。ちゃんと僧侶が葬式を挙げているのだ。合同葬だから何十体ものAIBOたちが並んでいる。それぞれクビから名札が下げられており、その名を順番に僧侶が名前を呼んで供養するのである。なんでこんなことをするのかといえば、それはAIBOの飼い主たちはAIBOに魂が宿っていると考えているからだ。でも、ロボットである。だからまだ現役のAIBOのために使えるパーツを取り出して「ご献体」するのである。すると、残りのAIBOたちが復活するのである。もはやドナーなのであり、それは人間と同じ扱いということである。 海外の人間ならこんなことはしないはずだ。AIBOはロボットだが、エンタメロボットであり、ある意味でおもちゃである。日本人は使わなくなった人形を神社に納めてお焚き上げをしてもらうことで、人形の魂が天に昇ると信じている。同様にAIBOが亡くなった時、たとえおもちゃが壊れただけなのに葬儀を挙げるのである。このロボットを人間扱いする感覚は、昭和の時代からずっと見せられてきたマンガやアニメの中で、ロボットはいつも人間の味方であり、仲間であり、トモダチだったからだ。お分かりだろうか。日本人はAIBOを単なるロボットペットではなく、「生き物」として扱っているのである。 スゴい。「よみがえれアイボ 〜ロボット犬の命をつなげ」って、もはやNHKの「プロジェクトX」だ。笑っちゃいけないが、笑ってしまいそうになる。さらに僧侶ではなく「AIBOによる読経」まであるのだ。つまりAIBO僧侶までいるということだ。2匹いるということは、一方の「ワン、ワン」が終了したら、もう一方が「ワン、ワン」と交互で読経をするということなのだろうか。ものすごく興味深い。なにせ、こんなことをしているのは、世界広しといえど日本人だけだからだ。 『ハーバードの日本人論』は日本を研究対象にしているハーバード大教授10人にインタビューした内容だが、その中に「なぜ日本人はロボットを友達だと思うのか」「鉄腕アトムやドラえもんなどアニメのロボットが人間の友達として描かれる理由は」という項目がある。ロボットの描き方は国によって異なるが、概して日本人はロボットに肯定的なイメージを持っていて、欧米人は複雑な感情を抱いている。映画『ターミネーター』シリーズでは未来の「人類 vs 機械」の果てしない闘いが描かれたが、人類を滅亡させるシステム“スカイネット”はインターネットで結ばれた破壊困難な分散型システムだった。 現代の日本のロボット漫画は、手塚治虫の『鉄腕アトム』から始まった。たがて人間が乗り込んで操縦する「巨大ロボット」へと進化した。現在では、ヒューマノイドやリアルなミリタリー系、さらにはサイボーグなど、世界的な人気を誇る多様なジャンルを形成しているが、昭和の日本人にとって、ロボットがトモダチであり、人類の味方である。なんでロボットのことを書くといえば、アメリカと中国が生成AIを積んだ醜い軍事ロボットを次々に開発しているからで、日本人だったらそんなものは絶対に作らないからだ。日本人の発想からすれば、『ターミネーター』のようなものは作らない。 アトムは最初から「電子頭脳」を持って生まれている。つまり「生成AI搭載ロボット」なのである。その漫画やアニメに多くの日本人が影響を受けているのである。『鉄腕アトム』は21世紀の未来を舞台に原子力(後に核融合)をエネルギー源として動き、人と同等の感情を持った少年ロボット・アトムが活躍する物語だ。原作の公式設定では、2003年4月7日がアトムの誕生日とされる。製作者は天馬博士で、交通事故死した博士の息子の「天馬飛雄」に似せて作られ、当初は「トビオ」と呼ばれていた。トビオは、人間とほぼ同等の感情と様々な能力を持つ優秀なロボットであった。 だが、人間のように成長しないことに気づいた天馬博士はトビオをサーカスに売ってしまうのである。ここら辺はとても人間的な扱いだ。昔の日本は貧乏だったため、子供を売り飛ばす親も多かったのは事実であり、アトムには「親」がいない。そこには戦災孤児の姿が投影されている。トビオはサーカスの団長に「アトム」と名付けられる。やがて法律が制定されて感情を持つロボットに対して人間と同等に暮らす権利が与えられるようになると、アトムの可能性に着目していたお茶の水博士に引き取られる。そして情操教育としてロボットの家族と家を与えられ、人間の小学校に通わされるようになるのだ。完全に人間の子供同じなのである。 こうしたロボットを「人間」として扱う思想のベースこそ、日本人と西洋人の根本的な違いが現れる。アトムは学校での生活は、同級生達と紆余曲折しながらも仲良くやる。性格は真面目で、困窮した者には自身を犠牲にしてでも手を差し伸べる優しい心を持つが、時にロボットである自分に苦悩や葛藤することも多い。また複雑な感情を抱けない(芸術や自然への感動や恐怖心がない)という劣等感から、お茶の水博士に人造心臓を取りつけてもらって人間と同レベルの感情を一時的に得たことがある。ここがOpenAiやGoogleが作る人殺しの生成AIとは思想的に異なる点だろう。 『鉄人28号』は横山光輝による巨大ロボット物のルーツ漫画だ。リモコンで操縦する巨大ロボットと少年の戦いを描き、後のロボット作品に多大な影響を与えた作品であり、筆者をロボット好きにさせてくれた作品でもある。太平洋戦争末期に旧日本軍が、起死回生の秘密兵器として開発していたのが巨大ロボット「鉄人28号」で、この鉄人を生み出す過程で造られた21号から27号が、戦後10年以上経った日本に突如現れ、連続強盗事件を起こして世間を騒がせる。ついには鉄人28号までもが世に解き放たれて暴走し、市街地で破壊の限りを尽くすというストーリーだ。 この後の部分が筆者が興味を抱いた部分で、その恐るべき力に目を付けた悪漢や犯罪組織、さらには外国のスパイ団が入り乱れて、鉄人を自由に操れる小型操縦器(リモコン)を巡っての争奪戦を繰り広げ、主人公の少年探偵・金田正太郎もその渦中に巻き込まれるというものだ。江戸川乱歩の『少年探偵団』が本棚にあったせいか、少年探偵というのに妙にときめいた。また幼少の頃からスパイ好きだったのもあって、ロボット、少年探偵、スパイという筆者を魅了する設定が全て揃っていた。また「リモコン」というのが良かった。子供だったが、そこら辺にある箱に棒だか箸だかを突っ込んで自作リモコンも作ったものだ(笑)。 最初のテレビアニメ化作品(モノクロ)は最高視聴率が31.5%を記録するなど、大人気を博し、後の時代にもリメイクを繰り返し、何度も映像化された人気作品であり、『マジンガーZ』を初めとする多くの日本の"巨大ロボットもの"漫画やアニメに強い影響を与えている。永井豪はエッセイで小学生時代に初めて『鉄人28号』を読んだ時の衝撃を語り、「当時自分はアトムの方が好きだったが、『マジンガーZ』を読み返すと鉄人の影響をより多く受けていたのがわかる」といった発言をしている。 大友克洋の漫画およびアニメ映画『AKIRA』は『鉄人28号』のオマージュとして制作されており、まず第一にどちらの作品も戦争用兵器として作られながら大戦後に動き出すという設定や、本作品の登場人物に類似した名前の人物が多数おり、主人公の名前が共に金田正太郎で、正太郎の親友の敷島鉄雄から島鉄雄、超能力研究機関の敷島大佐は鉄人を開発した敷島博士から、他にもキヨコ(25号)、タカシ(26号)、マサル(27号)は敷島博士が作った25 - 27番目のロボットから、アキラ(28号)は敷島博士が作った28番目のロボット「鉄人28号」から命名されている。ここまでやるところに鉄人愛を感じてしまう(笑) 筆者の小学校低学年の時に書いていた絵はほとんどロボットである。鉄人28号とジャイアントロボという横山作品に多大な影響を受けているからだ。それ以外にも幼少の頃は忍者好きで、両脇に刀を差し、背中にもプラスチックの刀を背負い、手裏剣をばらまいていた子供だったのだが、それは『仮面の忍者 赤影』が死ぬほど好きだったからだ。『魔法使いサリー』には影響を受けてはいないが、『バビル2世』も大好きな作品だ。その意味では横山作品に一番影響を受けて育った少年だったといえる。だから、少年とロボットはトモダチでないといけないのである。人殺しの生成AIを作って金儲けしか考えない会社は悪の犯罪組織なのである。 浦沢直樹の漫画『20世紀少年』では、ロボット工学者の敷島教授なる人物が登場し、リモコン操縦の巨大ロボットを制作する。エンディングテーマであり、各エピソード冒頭における“前回のあらすじ”のBGMとしても使用されていた「正太郎マーチ」は、庵野秀明が監督した1998年放送のテレビアニメ『彼氏彼女の事情』で、やはり冒頭の“これまでのあらすじ”のBGMとしてたびたび使用された。こうした漫画たちに横山作品は多大な影響を与えたのである。インタビューやエッセイで横山光輝氏が語ったことによると、鉄人28号のデザインは西洋の甲冑から、コンセプトは映画『フランケンシュタインの復讐』から、ネーミングは地元神戸を大空襲で焼け野原にしたB29から着想を得ているという。これは衝撃的だった。まさかB29がベースにあったとは。 しかし、阪神大震災後の復興・商店街活性化活動の『KOBE鉄人PROJECT』の一環として、兵庫県神戸市長田区の若松公園内には高さ15.3m(直立時設定18m)もの実物大モニュメント像が作られている。外装は耐候性鋼板製、重量は約50tもある。総工費は1億3,500万円で、神戸市から補助金4,500万円で残りは個人や企業からの寄付や協賛金によって集められたものだ。2009年7月27日に起工式が行われ、9月29日に完成し、公園内に恒久設置された。なお神戸市ではこれに合わせて、周辺の街路灯も鉄人の頭部を模したデザインのものに変更しているのだ。神戸を焼け野原にしたB29 をベースにした鉄人が長田区を守っているのだ。 1963年の白黒テレビアニメ版の最終回では、鉄人は自らを犠牲にして溶解し「鉄の塊となって日本の土となる」という悲劇的かつ伝説的な幕切れを迎えた。これにはいたく感動した。リモコンをもった正太郎少年の言うことをきかないのだ。ロボットが自らの意志で自分を犠牲にするという発想は、日本人でないと絶対に描かない。その意味では人類の味方になる「ターミネーター2」はその影響を受けたのかと思ってしまったくらいだ。 ハーバード大の教授は「日本人はなぜロボットを友人だと思うのか。私は日本人が歴史的に“テクノロジーを理想的な社会を実現するのに不可欠なもの“ととらえてきたことと深い関係がある」と語っている。日本の漫画、アニメでは、鉄腕アトムにはじまり、 ドラえもん、Dr.スランプのアラレちゃんのように人間型ロボットを友達として描く作品が数多くある。日本人は特段、不思議とも思わないが、これが日本独特の感覚としてハーバードの学生を魅了するのだという。 ハーバード大でメディア論、映画学を研究するアレクサンダー・ザルテン氏によれば、押井守監督の『攻殻機動隊』の実写版『ゴースト・イン・ザ・シェル』が2017年に公開された時、主人公の人種をめぐってアメリカでは大論争が巻き起こったという。サイボーグの草薙素子を演じたのはスカーレット・ヨハンソンだったが、米国内ではアジア人が演じるべきではないかという議論があったというのだ。日本では聞いたこともないし、何が議論のポイントなのかピンとこないが、ザルテン氏は、日本は草薙素子を人種を超えたサイボーグとして受け入れ、アメリカでは草薙素子を「日本人」、人間としてみていたと推測している。興味深い指摘だ。 『ゴースト・イン・ザ・シェル』に登場したサイボーグ芸者(上の画像)はどうもダメだったが、スカーレット・ヨハンソンはカッコいいから別にいいんじゃないのくらいにしか考えてしなかったが、ハーバード大学ではそんなことを議論しているのには驚いた。こうしたことも日本人の思想の研究である。人間型ロボットに対してもサイボーグに対しても日本人は忌避する感情が薄いが、それは漫画やアニメの影響である。この先、世界に愛される実用的な人型ロボットを生み出すのはやはり日本かもしれないと想像している。だが、当の日本人は何も意識していのである。<つづく>