幡陽小学校休校記念式典 | 好きこそ最高!新谷ひでおブログ

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3月24日(日)、昨日の下ノ加江小学校に引き続き、以布利の幡陽小学校の休校記念式典に参加をしました。
 
この日はあいにくの雨で、まるでお空も休校を悲しんでいるような感じがしました。
 
 
会場となった体育館には、以布利地区と大岐地区の住民、卒業生、関係者の皆さんが、慣れ親しんだ愛すべき学び舎とのお別れをするため、たくさん集まっていました。
 

 

体育館の壁には、最後の児童たちの作品や、昔の写真などが多数飾られていました。

 
 
休校式典は一部、二部に分かれて行われました。
 
一部の式典では、斧川教育長からの式辞、
式辞の中でお聞きしたことでしたが、幡陽小学校は、大正11年(1922年)に4月に、当時あった「大岐尋常小学校」と「以布利尋常小学校」が統合されて、今の幡陽小学校へ設立されたそうです。設立当初は、まだPTAというもの自体がない時代に、小学校の後援会が組織され、地域住民が学校を愛し、支えてきた。というお話が心に残りました。
 
 
その後、程岡市長の祝辞があり、渡辺校長先生のあいさつ。
 
「幡多の太陽であれ」という思いを込めた校名の通り、自由闊達な学びと教育風土を育んでこられた。子ども相撲大会、じんべえスイムや大敷体験、サーフィンの授業等、ここでしかない教育を地域の方々と共に多く紡いできた。設立から今年で102年の歴史を歩んできました。
 
 
渡辺校長は幡陽小学校の休校とともに退職になることもあって、聞きこんでいると、胸が熱くなりました。
 
ここで一部は終わり、休憩をはさんで、会場を見回ったりしながら、幡陽小出身の先輩や同級生らとお会いして、第二部へ
 
 
休校式典実行委員会の山崎実行委員長から、「皆さんに楽しんでもらいたい」とのお言葉があり、幡陽小学校の活動や授業風景や行事らの映像の披露がありました。
 
 
最後の児童となる5名の子どもたちからの言葉は、伸びのある大きな声で、まっすぐに、ハッキリと、想いの乗った素晴らしい言葉たちでした。
先生や保護者の立場なら、こんなに成長して…と胸を打つような立派な言葉でした。
 
 
合唱のなかで、以布利の大漁旗がはためいた時には、思わず目頭が熱くなりました。
 
 
幡陽小の子どもたちを見守る、地域のみなさんの温かい愛を強く感じました。
 
 
子どもたちの太鼓演奏も大迫力でした!
 
地区の住民さんからお借りしたという貴重なビンテージ太鼓の
演奏を小学生がたたくという”新旧交流”というか”世代継承”というか感動でした。
 
 
演奏をするみんながカッコよく、たくましい、勇ましい、凛々しい姿でした。
演奏終了後には、会場からアンコールもあって、子どもたちもビックリしたと思いますが、アンコールに応えてくれて、それもカッコよかった!ブラボー!!
 
 
そして、二部にて会場が一番ほっこりしたのは、何といっても「お餅投げ」
 
 
小中学生の部と、70歳以上の部と、70歳以下の部の3つに分かれ、それぞれで大盛り上がりでした。
会場の温度があがるような熱気と盛り上がりを感じました
 
 
ちょっとだけ映像です
 
 
会場に来ていた皆さんも、前に陣取って、餅ばいにワーキャー言いながら楽しんでいました。
 
 
幡陽小学校の校歌に「鷹取山」があります。
鷹取山って、思い出の場所であり、見守ってくれるふるさとみたいなモノかもしれないな~と校歌を読みながら思いました。
 
 
最後には、在校生と会場のみんなで、幡陽小学校の校歌を合唱しました。これを録音して数量は限定ですが、レコードにするそうです。すばらしい取組みですね。ブラボー!!
 
 
校歌って、他校の人にはわからんけど、全ての卒業生に共通のものですし、その歌がその時の時代を、校舎や友達の姿や声や思い出を思い出させてくれる、本当に他にないもの。
感動です。
 
嘘みたいですが、卒業生でも関係者でも全然ないのに、こんなに感動できるものなのかというのを、前日の下ノ加江小学校同様に幡陽小学校でも思わさせてもらいました。
 
 
最後には、上級生の2人とパチリ

4月からは、清水中学校と清水小学校で、新しいステージでがんばろうね。