●日本国憲法『第9条』擁護のために犠牲にされた国家論

戦後の公民教科書では、日本国憲法第9条について「全ての戦争を放棄し、全ての軍隊と戦力を保持できない」とする極端(きょくたん)な解釈を通すために、「日本はアジアを侵略した」という捏造物語(ねつぞうものがたり)により、生徒の贖罪意識(しょくざいいしき)にうったえて武装解除を図った。

だが、それだけでは、国家論を学ぶことで国家の役割の一つである防衛を否定する憲法9条に疑問が出る。そこで、戦後の公民教科書は、国家論を放棄し、国家の役割の一つである防衛を全く教えないようにしてきた。

国家には、決まった範囲の領土があって、その周りに領海を持ち、それらの上に領空を持つ。これが国家の領域(りょういき)である。国家を運営するには、人が必要である。これが国民(こくみん)である。

国家が、領域や国民を支配する権利を、統治権(とうちけん)といい、これが対外的に独立し、どの国の干渉も受けないようになると、主権(しゅけん)となり、主権を持つ主権国家独立国)となる。この主権、領域、国民を国家の三要素と呼ぶ。領域や国民がなければ、国家が成立しないのは分かるだろう。では、主権はどうだろうか。

主権を持たない国家は、どこかの国に属するか、傀儡国家になるしか、選択肢がない。このような場合、当然、現地住民の意思や利益が尊重されるわけがなく、現代の国家は、この主権を持ち、かつ独立し、主権と独立を守ることが重要である。

このような現代国家の役割は、対外的には、軍事力を使用した防衛(ぼうえい)により、その独立を保ち、対内的には、国内の秩序(ちつじょ)を維持し、国民の安全を守るとともに、インフラの整備や教育など公共事業(こうきょうじぎょう)への投資(とうし)により、国民の生活の向上を図り、国民の自由と権利を守ることである。

これらの役割を担うのが、国会や、内閣、裁判所などの国の機関である。例えば、防衛省や自衛隊は、このうちの防衛を担っている。警察は国内の秩序の維持を担っている。裁判所は、国内の秩序の維持と国民の自由と権利を守る役割を担っている。

国家は、これらの役割を限られた時間で果たすために、できるかぎり合意に努める。これが政治である。ただし、限られた時間で対立を解消しきれず、合意に達しない場合は、権力による強制も避けられない。この権力が、政治権力である。

政治権力は、一見すると、国家による一方的な強制力のようにも見えるが、実際には国民がその政治権力を承認しているから成立しているのである。国民の承認がない政治権力は、歴史上いくつか存在してきたが、例外なく、その国家は消滅している。国民の承認がなければ、政治権力を維持することは不可能なのである。

現在でも、このような国家論を展開していると見なせる教科書は、自由社の「新しい公民教科書」のみである。育鵬社も、国家論については完全に放棄している。(一応、国際編にそれらしきものがわずかに記されているが、国家論とはいえない。)

新しい公民教科書では、国家の成立が外敵からの防衛の必要性によるものであったと記した上で、国家の役割として、外敵(外国)からの「防衛」、公共事業などの「社会資本の整備」、警察などの「法秩序・社会秩序の維持」、「国民一人ひとりの権利保障」を挙げている。また、国家論の一つとして政治権力論も展開しており、政治権力の必要性を記している。

さらに、自由社は、日本国憲法第9条について、いわゆる芦田修正を踏まえた、「第1項で侵略戦争を放棄し、第2項で第1項の目的(侵略戦争の放棄)を達するため、侵略戦争のための軍隊と戦力を保持しない」という解釈があることを記した(複数の解釈をまとめている)。ようやく、憲法9条について、まともな解釈が公民教科書に載った。

もっとも、政治権力の必要性については「つくる会効果」で今回の版から全社が記すようになった。40年以上前から、頑(かたく)なに政治権力の必要性を認めてこなかった東京書籍もついに観念したようだ。東京書籍の反国家・反権力思想が一つ崩れたようだ。

なお、歴史の方では満州事変と日中戦争などが含まれるページに「世界恐慌と日本の中国侵略」などと呆れるような節名をつけて対中隷属史観を発揮している。※対中政策全般の方針を決めた南京大虐殺(1937年に起きたとされる日本軍による「南京事件」のことではない。)、満州事変の原因の一つとなった南京大暴虐、日中戦争を拡大させた通州大虐殺について知ればわかる。

それでも、多くの教科書が、本来なら国家論も合わせて置かれるべき政治編の冒頭に政治権力の必要性を記すのに対し、東京書籍は、政治編の後の方で政治権力の必要性を記している。やはり、できれば政治権力の必要性を記したくないというのが本心なのだろう。

国家論の欠如は、いろいろなところで日本をおかしくさせている。自虐史観があっても、国家論と国際法の感覚があれば、韓国の謝罪要求や賠償要求は全て不当だと言い切ることができる。

サンフランシスコ講和条約で解決済みなのだから、当然である。国際社会に情などない。一度「解決済み」となれば、後に何があろうと解決済みである。それが国際社会の常識である。

国家論が放棄が影響したのかも知れないが、経済学では第一の公共財(公共サービス)と位置付けられる国防が、戦後の公民教科書では、公共財が書かれることはあっても、そこに国防が明記されることはなかった。

国防がしっかり機能していなければ、国家に安全はない。戦争中の国家に経済など存在しないのである。だからこそ、国防をしっかり機能させることが経済の要(かなめ)であり、国防は公共財のである。

それどころか、警察(治安維持)さえも公共財として認めない教科書が常に一定数存在し続けていたのである。

それが、現在では「つくる会効果」により、前回から全社が警察を公共財として認めるようになった。しかし、現在でも国防を公共財として認めるのは、自由社、帝国書院と教育出版の三社だけである。

育鵬社は、「教科書改善」を掲げておきながら、東京書籍などの多数派教科書と同じく、国防を公共財として認めていないのである。

●学習指導要領に抹殺された家族論

国家論と異なり、家族論についてはどうだろうか。

家族は、男女の愛と尊敬から始まる集団の中で最も小さな共同体(きょうどうたい)であり、団らんの中で安らぎを得るなど、いこいの場としての性格を有するとともに、子を生み、愛情や道徳を教えながら育てるなど、人間形成の場としての性格を有し、ともに生活することで、信じ合い、助け合いながら家族の絆(きずな)を深め、祖父母から父母、父母から子という縦のつながりをもつ唯一の集団である。

このような家族論には、昭和40年代までは30ページ以上当てられるほどだった。

それが、昭和52年に学習指導要領が改訂されて学習指導要領上から家族のための特別な単元がなくなると、一気に文量が減り、4ページほどに減少した。

教育基本法改正直後の平成20年の改訂では、ついに「家族」という言葉そのものが学習指導要領から姿を消し、東京書籍・教育出版・日本文教出版など多数派教科書で、家族に関する内容は1ページ未満となった。家族論といえるものはわずか4~10行程度にまで減少した。

それでも、前回まで自由社が2単元4ページ、育鵬社と帝国書院が1単元2ページの構成で家族論を展開していた。

ところが、今回ではついに帝国書院が家族論を放棄し、わずか8行程度にまとめてしまった。ただ、これでも、帝国書院は、家族について「最も基礎的な社会集団」と位置づけるし、家族の役割についても多少なりとも触れている。「社会集団」などとして「社会の基礎集団」とさえ記さない多数派教科書に比べれば随分マシだ。

ちなみに、育鵬社は、前回の版まで「最も身近な共同体」としていたが、今回の版では「基礎的な社会集団」とするのみになった。帝国書院ほどではないが、姿勢が後退している。

一方、自由社は、2単元4ページという構成を維持し、「家族が共同体であること」、「家族間の愛情を育む場であること」、「子供を保護し教育する場であること」、「祖先から子孫への縦のつながり」等を記している。

家族論については、2単元4ページでしっかり記述する自由社、1単元2ページで最低限度の記述はする育鵬社、最低限度の記述さえしないが多数派よりはマシな帝国書院、最低限度の記述さえせず、しかも「基礎的な社会集団」とさえしない非常識な多数派教科書(東京書籍・日本文教出版・教育出版)に分けられるだろう。

家族論と国家論の復活が、公民教科書には必要だ。

家族論も、国家論も展開されなくなった公民教科書に問題意識を感じた方は、ぜひ教科書会社に抗議してほしい。一人でも多くの抗議が集まれば、変えることができるはずである。また、学習指導要領に「家族」を復活させるよう文科省に求めてほしい。

文部科学省に関する御意見・お問合せ窓口案内:文部科学省

※従来(平成10年版まで)は中学校学習指導要領の「内容」のところに「家族や地域社会などの機能を扱い」とあったが、現在は「内容」の部分の構成自体が刷新されているため、内容の取り扱いで「(2)のアの(イ)の「人間は本来社会的存在であること」については,家族や地域社会の機能などを取り扱うこと。」と明記するよう求めてほしい。

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※東京書籍と教育出版と日本文教出版は、当然のように家族論と国家論を全く記さないし、家族について「基礎的な社会集団」とさえしない。問題だらけの公民教科書である。なお、教育出版については利用規約に同意すれば問い合わせできる。

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※もともと国家論を記してこなかったので、国家論という点では東京書籍や教育出版、日本文教出版と大きく変わらない。しかし、家族論については今回の版からひどく改悪された。1単元2ページという構成だったものが、わずか8行程度となり、家族の役割についてほとんど記さなくなった。それでも「最も基礎的な社会集団」と位置付ける。

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※国家論と呼べるものは記していないが、一応、国際社会編でそれらしきものはある。評価できるかは微妙である。家族論については、帝国書院ほどではないにせよ、「最も身近な共同体」としていたものが、「基礎的な社会集団」とするのみになってしまい、姿勢が後退した。

お問い合わせ|新しい歴史教科書をつくる会

※「新しい歴史教科書をつくる会」は自由社の執筆者である。この会自体は営利団体ではないが、自由社のホームページに問い合わせホームがなかったので、これを貼っておく。自由社は、国家論について、国家の成立から国家の役割、政治権力の必要性という流れで記すし、家族論についても当然のように記す。最も評価できる教科書だ。

教育問題を考えるブログ」より。