もと陸上自衛官が行く城めぐり

もと陸上自衛官が行く城めぐり

もと陸上自衛官が日本全国の城をめぐってつぶやきます。

Amebaでブログを始めよう!

いまや日本中で「がんばろう東北」ですね。

実は私もボランティアに申請中です。

予備自衛官として招集がかかれば真っ先に!と

思っていたのですが、日本中が応援モードで

予備自衛官招集もなくなったみたいです。


仙台の街は自衛官の友人知人も多く、

私にとっても大切な街のひとつ。

ここには伊達政宗で有名な仙台城(青葉城)があります。


東北新幹線を降りて改札をくぐり2階におりると

なんと仙台駅にも「政宗像」!

政宗人気がうかがえます。

そう言えば仙台駅西口は2階からそのまま

「ペデストリアンデッキ」として市街地に出られるようになっていて、

初めて訪れた時は感動したものです♪

そういえば、かつてゴジラが壊しにかかったような記憶が・・・


駅からまっすぐ西に向かいます。

青葉通として仙台のシンボルロードのひとつです。

栄えている広瀬通、木陰のオシャレ度では定禅寺通と

有名な道は数あれども、やはり青葉通り、「杜の都」を

象徴しています。

(某薬局の「ぢ」の看板が妙に印象的ですが・・・)

広瀬川手前の交番も時代風の建築物でちょっと素敵!


さてこれまた有名な広瀬川を渡ると左手に

仙台市博物館を見ながら坂を上ります。

そこには仙台城大手門(二の丸正門)脇櫓が!

もと陸上自衛官が行く城めぐり


現在、唯一の復元建造物として写真等で必ず紹介されます。

中に入れればいいのですが得意げ

そのまま直進するといつの間にか東北大学に侵入します。

ゲートや柵もないので「ついうっかり」という感じ。

この仙台城二の丸には文系4学部と教養部が入っています。


改めて大手門脇櫓を左折して、

森林の生い茂る山道に突入します。

猛スピードで下ってくる車におびえながら、

くねくね曲がる山道をひたすら登ると・・・

突然見事な石垣が!本丸に到着ですべーっだ!

もと陸上自衛官が行く城めぐり

本丸には仙台市街を見下ろす伊達政宗騎馬像が

かなり高い位置に鎮座しております。

ここからの眺めはまさに絶景!

もと陸上自衛官が行く城めぐり もと陸上自衛官が行く城めぐり

本丸にはCGで仙台城を復元した映像を見たり、

笹かまぼこを試食したりする場所もあります。


しかし仙台城の裏側は・・・

南は竜の口渓谷とよばれる断崖絶壁です。

ここにかかる八木山橋は地元では有名な「自殺の名所」。

不必要なまでに高いフェンスがついてました。

ちょっと怖いので写真も控えましたショック!


西は山、北・東・西を川と崖に囲まれた仙台城は

まさに東北を代表する名城です。

もともと幕府に遠慮して天守閣を築かなかったため、

天守閣巡りの旅には物足りないですが、

ここに籠城したらそりゃ攻められませんな、と感じました。


帰りは名物「牛タン麦飯」をいただきました。

冷やし中華発祥の店もハシゴして大満足!

思い出いっぱいの仙台や東北の復興に協力していきたいです。


地震からはや一月、時間がたつのは早いですね。

近所でも4月第2週に咲いた桜がもう葉桜になりかけです。

いまの雨で残った花も散ってしまうのでしょうね・・・

その前に「花粉」が飛び交うのが終わればいいのに(笑)


さて、お城と桜がセットになっている地域は多いですね。

東北弘前城がなんといっても有名ですが、

昨年訪れた時はまだ二分咲きで悔しい思いをしました。

またリベンジするつもりです。


そして中部地方で有名なのが高遠城桜

こちらは一般的な「ソメイヨシノ」ではなく「タカトウコヒガンザクラ」という、

ちょっとピンクが強い桜です。

高遠城は長野県のほぼ中央、

電車や高速道路ではちょっと不便かな、と感じたので、

今回は静岡県浜松市から天竜川をさかのぼってみました。


国道152号線を北上していくと、かつて紹介した二俣の街に出ます。

さらに「光明山城」とのわかれ道を北上、右手に有名な秋葉山の入り口が見えてきます。

「火防の神」として知られるこの秋葉山の秋葉神社、

古来から多くの参拝客でにぎわったそうです。

地元の人に聞いてビックリ!だったのが、

いまやAKB48でも盛り上がる、世界も注目するあの東京「秋葉原」、

もともとこの秋葉山の勧請から地名がついたとする説もあるそうですにひひ

静岡県もなかなかやりますな・・・

さらにさらに北上です。

地図を見ると長野県境は「青崩峠」と書かれ、道路が寸断!?

なんと国道は未開通なのだそうです(T△T)

でも心配ご無用!横にちゃんと脇道(普通の道です)があって問題なく長野県へ!

ずんずん進むとここでも「地蔵峠」で国道が途切れます。また脇道へ・・・

国道ってそんなに簡単に途切れていいのでしょうか?

そもそも脇道を国道にすればいいんじゃ・・・と思うのですが・・・

そして日本一と噂のパワースポット「分杭峠」もこの152号線沿いです。

しかし今回の目的は「城」!涙をのんで素通りします。


かつて行った桜祭りのシーズンの高遠は、町をあげての大歓迎!

地元小中学校のグラウンドも無料駐車場として開放してくれて大感激ニコニコ

城一面、桜で埋め尽くされていました!


しかし今回(昨年10月)のように桜がない季節は閑散としてます。

まあ城を見るならこのほうがいいのかもしれません。


もと陸上自衛官が行く城めぐり

西側が崖になって攻めにくく、門の作りも重厚です。

桜が無いからこそ、じっくり観察できます(負け惜しみっぽい?)

桜とのコラボレーションが最高なのはもちろんですが、

城マニアを目指す者としては桜のない時期にこそ

この高遠を訪れるべきなのかも、と思うくらい、

堅固で攻撃しにくい名城です。

もと陸上自衛官が行く城めぐり


この高遠城には私の好きな人物が二名、かかわっています。

一人は武田氏滅亡の時にほとんど唯一、意地を見せた仁科盛信。

武田勝頼の異母弟で、迫りくる織田の大軍に対し

この高遠城の堅固さを活かして果敢に立ち向かい玉砕しました。

次々に降伏していく武田軍団の中ですがすがしさを感じさせます。

彼を祀る神社もあります。

もと陸上自衛官が行く城めぐり


もう一人は前回会津若松城で紹介した保科正之です。

幼少期をこの落ち着いた環境で過ごしたおかげで

名君と呼ばれる心やさしい君主に成長したのかもしれません。


いずれにせよ桜シーズンでも、それ以外のシーズンでも

おススメのお城です♪

震災から一カ月、そろそろ落ち着いたかと思いきや余震が続きます。

友人も多く住む東北地方は、穏やかで本当にいいところです。

早く余震がおさまり、生活が安定されることを願います。


さて、東北にも名城が数多くあります。

震災前に訪れた会津若松城もその一つです。

ここは美しく悲しいお城なんですね。


もと陸上自衛官が行く城めぐり

鶴ヶ城とも呼ばれるこの名城は、東北の豪族蘆名氏の居城でしたが、

伊達政宗、蒲生氏郷、上杉景勝と次々に主を替え、強化されていきます。

その後、数代を経て、徳川秀忠の隠し子(?)で江戸時代前期の名君である

保科正之が入城し、その子孫(会津松平氏)が幕末まで会津を守っていきます。


私がこのお城に興味を持ったきっかけは1986年日本テレビで放映された

幕末時代劇スペシャル「白虎隊」です。

堀内孝雄の名曲「愛しき日々」もよかったですが、

国広富之演じる神保修理殿の切腹は感動的でした。

(風間杜夫の生真面目な容保公も気品があって魅力です)

個人的には「壬生義士伝」(映画より渡辺謙のテレビ東京版がオススメ)と

ともに泣ける時代劇のツートップですしょぼん


さてこの会津若松城、構えや石垣もシブいですが、

なんといっても気品ある天守閣は絶品です。

鉄門(くろがねもん)と走長屋から続く天守閣(実際の見学は天守→長屋)は

安定感があります。

この天守閣を見ては攻撃方法なんて考えつかないですねシラー

攻めるお城ではなく、見るお城なんですよ!

ここに立つと、この天守を砲撃した明治新政府はヒドイ!と感じてしまいます。


また天守閣からは白虎隊士中二番隊自刃の地である飯盛山を眺めることができます。


もと陸上自衛官が行く城めぐり

お城を見学した後は、飯盛山へ登り、天守閣を眺めましょう。

今の高校生くらいの少年たちはここから傷ついた天守閣を見て、

何を感じたんでしょうね・・・?


もと陸上自衛官が行く城めぐり


さて最近、早乙女貢氏の『会津士魂』を読みました。

会津藩への過剰すぎるとも言える愛情と誇りにあふれる名著です。

しかし、船戸与一氏の『新・雨月 戊辰戦役朧夜話』では

「会津士魂」は武士の誇りの半面、農民らを軽視する思想だ、というような

内容がありました。

いろいろな見方があるのが歴史の最大の魅力なのかもしれませんねニコニコ


今回は少々マニアックに静岡県西部、浜松市の

山の中にある山城であり寺でもある遺跡を紹介します。

別名「遠州のマチュピチュ」ビックリマーク・・・それってかなり言い過ぎじゃ(^▽^;)

浜松駅から北へ車で約一時間、天竜区の山の中です。

浜松市は平成の市町村合併で面積的に巨大化した政令指定都市で、

この遺跡もかつては周智郡の一部でした。


浜松駅前から浜松城を横目に国道152号線を北上します。

天竜川をこえるとかつての二俣市。

ここにも徳川家康の息子・信康ゆかりの二俣城があります。

二俣城はまた改めて紹介しますね!

二俣の市街地を抜けて、「山東」の交差点を362号線へ右折していきます。

そこから気田川沿いに5分ほどすすむと左側に「光明山遺跡」の看板が!

もと陸上自衛官が行く城めぐり

「ホントに大丈夫?」と心配な道を入っていきます。

しかし、進めど進めど山道が続くばかり・・・

広い所に出たので車を停め、歩いて様子見に。

けもの道のようなものがあり、おそるおそる進みます。

スーツやヒールのファッションではとても無理な山道でしたが、

途中に石垣のようなものもありなんとか励まされ(?)ます。

もと陸上自衛官が行く城めぐり

いまさら引き返せないし、とずんずん山を登ること30分。

なんと車道にでましたショック!・・・ここでアスファルト?(>_<)

あとで知ったのですが、山頂のすぐ横まで続く道路があったのですね・・・

「山東」の先の交差点から入っていくそうです・・・


しかし、苦労して登っただけあって大パノラマの景色は抜群!


もと陸上自衛官が行く城めぐり

天竜川や浜松市街はもちろん、遠く遠州灘や浜名湖も見渡せます。

山頂には家康が腰かけたという石もべーっだ!


もと陸上自衛官が行く城めぐり

この山城は室町期に地元豪族の朝比奈氏によって築かれ、

戦国時代には武田氏の遠州支配の拠点となりました。

そのため、武田氏と家康の攻防にも巻き込まれたのです。

家康は「三方原」「大坂夏の陣」の危機一髪が有名ですが、

じつはここ北遠でも大敗北を経験しているのです。

負けた家康が一休みしたと言われるのがこの腰掛石なのだそうです。


平和な江戸時代になると山城は不要となり、

ここも山岳信仰の寺院となって大伽藍が築かれます。

今ものこる石垣や石段から当時をしのぶことができますね。

しかし、こんな山の上にどうやってこれほどの石を運んだのやら・・・


いずれにせよ、現在もここに立てこもって林道を封鎖すれば、

いくつかのルートはあれども装甲車両も登れないし、

空からの攻撃以外にはかなり耐えられそうだなぁ、というのが感想です。

どのお城から紹介しようか迷いますが、やっぱり国宝・世界遺産の

姫路城は外せませんね。


平成の大修理の前に見に行かねばと、一路姫路へ!

名神が天王山で大渋滞し、結局着いたのは夜の八時(>_<)

その日の入城は諦めてホテルの部屋から

ライトアップの姫路城を眺めました。

これはこれで捨てがたい!

姫路での一泊(キャッスルビューのお部屋で)をおススメします。

ビジネスホテルだから、キャッスルビューでも五千円くらいでした♪


もと陸上自衛官が行く城めぐり

翌朝は開城にあわせてお城に向かいます。

しかし追手門のあたりからダッシュする人々が・・・

なんと入場券を購入するのに行列です。

人気の高さがわかりますねべーっだ!


もと陸上自衛官が行く城めぐり

入場券を購入後、天守閣へも行列が伸びる中、

あえて西の丸に向かいます。

秀頼の死後、再婚した千姫が暮らした風流な西の丸。

天守や小天守を眺めるにも良いスポットです。

もと陸上自衛官が行く城めぐり


天守に行く前にさりげなくお菊井戸もチェック!ちょっと不気味です得意げ


もと陸上自衛官が行く城めぐり

そしていよいよ天守に向かいます。

さまざまな仕掛けを備え、迷路のような通路を進むと

大小さまざまな門が次々に現れます。

本丸への入り口は「ここ?」と驚くほど小さな門・・・

でも頑丈です。

そしてついついまっすぐ進みたくなるのに、

正解はすぐに左折。

そうして天守にたどり着きます。

これ、いまの装備をそなえた部隊が攻撃しても、

火縄銃相手にかなり犠牲を払うことになりそう・・・

(もちろん、戦車や無反動砲はなしで)

でもこのお城の美しさはやはり天守群の建築だけでなく、

残された縄張りにあるのでしょうね。


もと陸上自衛官が行く城めぐり

すごく月並みな感想ですみません。

あまりマニアックなのもどうかな?と思ったのですが・・・

まだ初心者なので、第二回はこんな感じです。