左右等距離に全く同じ飲食物を置かれたロバは、自由意志がないばかりにどちらを選んでよいか決定できず、飢え死にしてしまう。さて、実際にこんなことが起こり得るかと言えば、実験しなくても明白なように絶対起こらない。どんなに条件を等しくしてもロバはどういう訳か知らないが左右どちらかの飲食物に一目散に向かって行き、それを食べ始めるだろう。それでもまだ空腹が癒やされないならついでに反対側のも平らげるだろう。これが実際に起こることであり、自由意志があろうがなかろうが関係ないのである。全く同等の二つの刺激の選択下に置かれた場合、意志的決定がなければどちらにも行動できないというのが問題の眼目なのだが、ロバには意志はなくとも食欲がある。生きたいという欲望がある。左右の選択以前に空腹を満たすか満たさないかの選択があり、飢え死にするか、しないかの選択がある。そして、この二つの選択からどちらを選ぶかはロバでも人間でも自明なのだ。つまりこのビュリダンのロバ的状況は、平衡状態でもなんでもなく、自由意志などという高級なものを持ち出さなくても、ロバでさえ食べる方を選ぶのは当たり前なのだ。また、実は左右に置かれた全く同じ飲食物という条件も全く同じというわけではないことを付け加えておく。何が違うか。そう、単純に左右が違うのである。これは上下でも前後でも同じである。左右、上下、前後が違えば自ずと嗜好の違いが生じる可能性があるのだ。全く同じ物を左右に置かれた人間は、右の方をより多く好むという実験をどこかで読んだ覚えがある。右か左かはともかくこの手の実験は心理学とか認知科学でいろいろとあるはずである。とすればロバにとっても左右の食べ物はまったく同じではなかったのかもしれない。