人間にしかない“感謝”と“志”──だから、私たちは偉大なのかもしれない
私たちは、日々の暮らしの中で「ありがとう」と口にし、「こうなりたい」「こんな未来をつくりたい」と夢を描きます。
ふと立ち止まって考えてみると――この“感謝”や“志”という感情や概念は、人間にしかない、特別なものなのかもしれません。
■ 動物たちには「感謝」はあるのか?
犬がしっぽを振って嬉しそうに寄ってくる。
イルカが仲間を助ける。
チンパンジーが餌を分け合う。
こうした行動を見ると、「感謝の心」があるようにも感じられます。でも、それは私たちが“人間の視点”で意味を読み取っているからかもしれません。
人間の「感謝」は、単なる反応ではありません。
相手の存在、行為、その背景にある想いに気づき、それに心を重ね、言葉や行動で表す――そんな自己を超えた内省と共感の力です。
■ 「志」は、未来を生み出す力
さらに“志”というものは、もっと不思議な力を持っています。
志とは、
「今の自分」を超えて、
「まだ見ぬ未来」に向かい、
「誰かや何かのために」生きようとする心の姿勢。
これは自然界のどこを見渡しても、なかなか見当たらない力です。
動物たちは、瞬間の生存や本能に忠実に生きています。ですが、人間だけが「何のために生きるのか?」を問い、
時には命を懸けてまで、その答えを実現しようとします。
■ 進化すれば、動物たちにも芽生えるのか?
仮に、ある動物が高度に進化して、人間のように言葉を話し、思考し、社会をつくったとしましょう。
それでも、「ありがとう」と心から思い、「この命で誰かを幸せにしたい」と願うためには、精神の成熟が必要です。
それは単なる「脳の進化」ではなく、魂の目覚めとも言えるでしょう。
■ だからこそ、人間は偉大
人間は、傷つく存在です。
迷う存在です。
でも同時に、他者の痛みに共鳴し、自分を超えた志に生きることができる存在です。
これは、宇宙の中でも特別な奇跡なのかもしれません。
そして――
だからこそ、私たちは問われているのです。
「その感謝は、本物ですか?」
「その志は、誰のためのものですか?」
■ 最後に
感謝できるということ。
志を抱けるということ。
それは人間だけに与えられた、尊くも重たい贈り物です。
だから私たちは、
その力を大切に育てながら、
次の世代へ、未来へと、
静かに、確かに、つないでいきたい。
感謝と志、その二つが、人間を人間たらしめる。
そして、それがある限り、私たちはどんな時代でも、前を向いて歩いていけるのです。

