【和多苦志の神話】イザナギとイザナミが「柱を回った」本当の意味とは?
こんにちは。今日は、日本神話に登場するイザナギとイザナミの「柱を回る儀式」について、和多苦志の視点からお話ししてみたいと思います。
「なぜ柱を回ったのか?」
この神話には、単なる創世の物語を超えた、現代を生きる私たちへの大切なメッセージが込められているのです。
天と地のはじまりに立ったふたりの魂
まだ天と地が混ざり合い、形も定まらぬ時代。
その混沌の中に、ひとつの使命を持って降り立ったふたりの神がいました。
それが、イザナギ(伊邪那岐)とイザナミ(伊邪那美)。
彼らは天の神々からこう命じられます。
「この混沌の世界を整え、国を生み出しなさい。
ふたりの“志”を結び合わせて」
ふたりは天の浮橋に立ち、矛で海をかき混ぜ、ぽたりと一滴のしずくを落としました。
それが日本列島の最初の島「オノコロ島」となり、ここから国づくりが始まります。
天の御柱 ― 宇宙の中心軸
島に降り立ったイザナギとイザナミは、最初に「柱」を立てます。
それが「天の御柱(あまのみはしら)」。
これは、ただの木の柱ではありません。
天地を貫く宇宙の中心軸=志の柱です。
この柱こそが、秩序と命の循環の中心となるもの。
なぜ、柱を回ったのか?
イザナギとイザナミはこう誓います。
「あなたは右から、私は左から回って、出会った場所で言葉を交わしましょう」
彼らは互いに逆方向から柱を回り、出会い、言葉を交わし、そして結ばれました。
この行為には、深い意味があります。
● 陰陽の調和
右回りと左回り――陰と陽が循環し、出会うことで、新しい命が生まれる。
● 宇宙のリズムと一致する舞
柱を回ることは、宇宙の中心軸を舞うように共鳴し、創造の力を呼び起こす神聖な儀式。
● 志を交わす「まつり」の原型
出会い、言葉を交わすことは、志を確かめ合い、新たな世界をともに創る誓い。
苦しみを超えて生まれる「和」
ふたりの国づくりは順調に進むかと思われました。
しかし、火の神を生んだ際、イザナミは命を落とします。
イザナギは深い悲しみに沈みますが、やがて悟ります。
「この“苦”すらも、志の道の一部。
苦しみを超えて、命はつながっていくのだ」
ここにこそ、「和多苦志」の本質があります。
和とは、ただの調和ではなく、“苦”を包み込んで、なお光を放つ“志”の道なのです。
現代の私たちにとっての「柱」とは?
今を生きる私たちも、目には見えない「柱=志」を持って生きています。
その柱のまわりを、自らの歩みで回ってみる。
そして、誰かと出会い、言葉を交わし、志を重ねることで、新しい未来が生まれます。
