「舞姫」


作:森鴎外


石炭をば早や積み果てつ。中等室の卓の
ほとりはいと静にて、熾熱燈の光の晴れ
がましきも徒なり。今宵は夜毎にこゝに
集ひ来る骨牌仲間も「ホテル」に宿りて、
舟に残れるは余一人のみなれば。


(略)


嗚呼、相沢謙吉が如き良友は世にまた得
がたかるべし。されど我脳裡に一点の彼
を憎むこゝろ今日までも残れりけり。




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「こころ」 


作:夏目漱石


私はその人を常に先生と呼んでいた。
だからここでもただ先生と書くだけで
本名は打ち明けない。これは世間を憚
かる遠慮というよりも、その方が私に
とって自然だからである。私はその人
の記憶を呼び起すごとに、すぐ「先生」
といいたくなる。筆を執っても心持は
同じ事である。


(略)


「私は妻には何にも知らせたくないの
です。妻が己れの過去に対してもつ記憶
を、なるべく純白に保存しておいてやり
たいのが私の唯一の希望なのですから、
私が死んだ後でも、妻が生きている以上
は、あなた限りに打ち明けられた私の秘
密として、すべてを腹の中にしまってお
いて下さい。」



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「坊っちゃん」 


作:夏目漱石


親譲りの無鉄砲で小供の時から損ばかりして居る。小学校に居る時分学校の
二階から飛び降りて一週間程腰を抜かした事がある。なぜそんな無闇をした
と聞く人があるかも知れぬ。別段深い理由でもない。


(略)


死ぬ前日おれを呼んで坊っちゃん後生だから清が死んだら、坊っちゃんの御
寺へ埋めて下さい。御墓のなかで坊っちゃんの来るのを楽しみに待って居り
ますと云った。だから清の墓は小日向の養源寺にある。




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「三四郎」 


夏目漱石


うとうととして目がさめると女はいつのまにか、隣のじいさんと話を始めている。

このじいさんはたしかに前の前の駅から乗ったいなか者である。


(略)


三四郎はなんとも答えなかった。ただ口の中で迷羊rp>迷羊と繰り返した。




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「草枕」 


作:夏目漱石


山路を登りながら、こう考えた。 

智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。

住みにくさが高じると、安い所へ引き越したくなる。どこへ越しても住みにくいと悟った時、詩が生れて、画が出来る。

人の世を作ったものは神でもなければ鬼でもない。やはり向う三軒両隣りにちらちらするただの人である。ただの人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい。あれば人でなしの国へ行くばかりだ。人でなしの国は人の世よりもなお住みにくかろう。

(略)


鉄車はごとりごとりと運転する。野武士の顔はすぐ消えた。那美さんは茫然として、行く汽車を見送る。その茫然のうちには不思議にも今までかつて見た事のない「憐れ」が一面に浮いている。

「それだ! それだ! それが出れば画になりますよ」と余は那美さんの肩を叩きながら小声に云った。余が胸中の画面はこの咄嗟の際に成就したのである。


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