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「こころ」
作:夏目漱石
私はその人を常に先生と呼んでいた。
だからここでもただ先生と書くだけで
本名は打ち明けない。これは世間を憚
かる遠慮というよりも、その方が私に
とって自然だからである。私はその人
の記憶を呼び起すごとに、すぐ「先生」
といいたくなる。筆を執っても心持は
同じ事である。
(略)
「私は妻には何にも知らせたくないの
です。妻が己れの過去に対してもつ記憶
を、なるべく純白に保存しておいてやり
たいのが私の唯一の希望なのですから、
私が死んだ後でも、妻が生きている以上
は、あなた限りに打ち明けられた私の秘
密として、すべてを腹の中にしまってお
いて下さい。」
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「草枕」
作:夏目漱石
山路を登りながら、こう考えた。
智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。
住みにくさが高じると、安い所へ引き越したくなる。どこへ越しても住みにくいと悟った時、詩が生れて、画が出来る。
人の世を作ったものは神でもなければ鬼でもない。やはり向う三軒両隣りにちらちらするただの人である。ただの人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい。あれば人でなしの国へ行くばかりだ。人でなしの国は人の世よりもなお住みにくかろう。
(略)
鉄車はごとりごとりと運転する。野武士の顔はすぐ消えた。那美さんは茫然として、行く汽車を見送る。その茫然のうちには不思議にも今までかつて見た事のない「憐れ」が一面に浮いている。
「それだ! それだ! それが出れば画になりますよ」と余は那美さんの肩を叩きながら小声に云った。余が胸中の画面はこの咄嗟の際に成就したのである。
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