ひまわりブログ

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樹愛を入れて生きてます(^-^)




             



 
こんばんは🌙

新緑が鮮やかな季節、如何お過ごしでしょうか?


ルドルフ・シュタイナーの本を

最近、沢山読んでいるんですが、

(私的に)たまにびっくりする表現が

あるんです。


笛やヴァイオリンとかは

霊的な楽器と呼んでいて

ピアノがとても人間的な「俗物」だと真顔

多分、悪口ではないと思うんですが…


霊的なことは、私達はオカルトとしか

認識出来なくなっていますが

シュタイナーは「霊学」と、ちゃんと

学問として考えていたみたいです。

(出口王仁三郎さんの祖母も、言霊学と言うものに精通していたそうです。)


今、ワクチンや農薬・添加物が

子供に与える影響が多々言われていて、

実際、数十年前には無かったアトピーや

いろんな病気が出てきています。

物質的な改善も、もちろんだと

思うんですが、どうしても

「身体に悪いんだよ」と言うワードは

なかなか伝わらないような氣がします。


それが何故かと言うと、

「身体にいいもの」を扱っている人に

(自然でない)利己的なエネルギーを

感じてしまったりするのもあるんじゃ

ないでしょうか?





ルドルフ・シュタイナー
「霊学の観点からのこどもの教育」
              より
🦉🦉🦉🦉🦉🦉🦉🦉🦉🦉🦉🦉

精神的内容の豊かな形象、言い換えれば

象徴的な物語は、歯の生え変わりと

思春期の間の時期には、別の仕方でも

取り上げることができる。

大自然の秘密や人生の法則を

知的な冷たい概念としてではなく、

できるだけ象徴として

子供の受け容れられるようなものに

することが大切である。

精神的な働きを比喩で表現するときは

それによって存在の秘密が

知的な概念によって理解されるよりも、

その比喩の背後でよりよく

予感できるものになることが

大切なのである。

「すべて移りゆくものは比喩にすぎない」

この言葉は正に

この時期の教育にとっての指針と

ならなければならない。

存在の秘密が自然法則などになる以前に

比喩として受けとめられることが、

人間にとって無限に重要なのである。

一つの例がこのことを明らかに

示してくれるだろう。

われわれが子供に魂の不滅を、

肉体の離脱と結びつけて語ろうと

したとしよう。

そのような場合、例えば

蝶がさなぎから抜け出る姿の

比喩を用いることができる。

ちょうど、

蝶がさなぎから抜け出るようにして、

死後魂が肉体のすまいから出ていく。

もしも、子供の頃に、

あらかじめこのような形象を通して、

魂の不滅を受け容れることが

なかったとすればどんな人もこの事実を

知的な概念だけによっては

受け容れることができないであろう。


言い換えれば、このような比喩

われわれの悟性に

うったえかけるのではなく、

感情感覚に、そして魂全体

うったえかける。

子供が今述べた比喩を受け取り、

後になって知的な概念を通して

同じ事柄を教えられたとすれば、

そうでないときとはまったく異なった

気分の中で学べるであろう。

初めに感情によって存在の秘密に

近づくことができなかったとすれば、

それは決して良い結果を及ぼさない。

それ故、

自然法則や宇宙の秘密を物語る時、

教師が比喩を自由に使いこなせることは

非常に重要なことなのである。

このような事柄においてこそ、

霊学が実際生活に役立ち得るかを

知ることができる。

もし、誰かが唯物論的な表象の仕方に

よって知的に比喩を作り上げ、

その比喩で子供に語りかけようとしても、

あまり強い印象を子供に与えることは

ないであろう。

そのような人は比喩そのものを、まず

知的な能力を使って考え出そうとする。

人が自分の感情の水位を

あるところまで引き下ろして、

そこで比喩を考え出した

とすれば、それを学ぶ人に深い印象を

与えることができるはずがない。

なぜなら、われわれが

比喩で語りかけるとき、われわれが

語ったり、示したりすることだけが

その人に影響するのではなく、

語りかける人からある微妙な、

霊的な流れがそれをきく人の方へ

流れていくのである。

語りて自身が自分の比喩に

信頼の感情を持つのでなければ、

それを受け取る者にどんな印象も

与えることはできないであろう。

正しい働きかけを及ぼすには、

自分みずからが比喩を、

一つの生きた現実として信頼をこめて

受け取めることができなければならない。

そしてそれが可能なのは、われわれが

霊学的な考え方を身につけ、

比喩そのものを霊学から生み出すときに

限られるのである。

🦉🦉🦉🦉🦉🦉🦉🦉🦉🦉🦉🦉




シュタイナーの黒板絵で、有名なのは


地球は実は正四面体で、辺に火山が並んでいて、その合わさった頂点に日本が位置している話でしょうか。



だがしかし、


その他にも













こりゃ
やべぇな

と言いたくなることが、沢山書かれていました(笑)

人間は、無数の小さな人間から成り立っているとかニコ

シュタイナーの霊的な比喩表現もあると

思うので、なかなか不思議なんですが

興味深かったです📖




ガーベラ 弥栄 {emoji:155_char3.png.ガーベラ}


皆さん、こんばんは🌙


昨日は新月でしたが、何もお変わりなかったでしょうか?

私は、陰謀論を(全)否定している

訳ではないんですが、

なんせ支配者層と言われている人達の

思考回路が気持ち悪過ぎて

近寄れないので、自分が出来ることを

したいと思う派ですm(_ _)m




シュタイナーはいつも違う視点で

世界を観ていて、

自分を「正しい」と思う人に

ずっと訴えていたみたいです。



🦉🦉🦉🦉🦉🦉🦉🦉🦉🦉🦉🦉


その人びとは、

重大な社会問題に直面している

今日のような

世界史的な瞬間においては

夢想家でしかありえない。


しかも、

自分こそが本当の実際家なのだ、

と思い込んでいる。

真実の生き方を自分で否定して、

次のように語るのが常である。


「われわれにとって必要なのは、

外的、物質的な生活から、

つまり唯物主義から

自分を引き上げることである。

唯物主義は

われわれを世界大戦の破局へ

途方もない不幸へと駆り立ててきた。

だから人間は今、人生を精神的に

受け止めようとしなければならない。」


精神への道を説く人は、

精神的な思考方式の故に

尊敬されてきた過去の人物たちの

言葉を引用するのが常である。


そして精神が実際生活のために、

日常の糧と同じくらいに

必要なものであり、

だからこそ精神の自立性が

まず必要なのだと語る。


しかし、今必要なのは、

精神生活の働きによって、

社会有機体を健全化するための基準を

見出すことなのである。

そのためには、生活の片手間に精神と

取り組むだけでは十分とは言えない。

大切なのは、日常の在り方そのものが

精神的になることである。


🦉🦉🦉🦉🦉🦉🦉🦉🦉🦉🦉🦉


現代は、

国家的、経済的、精神的なさまざまな

衝動が消耗してしまっている。

このことを知った上で、

精力的な社会意欲を新たに

点火しようとしなければならない。

われわれの経済的、国家的、精神的な

困窮の中においては、

外的な生活事情だけではなく、

人間の魂の在り方も同じ生なましい

現実の出来事なのである。

このことの認識できる以前には、

必要な社会再建のための基礎は

まだできていない。

現代人は

魂の在り方を分裂させてしまった。

本能的、無意識的な働きの中に、

新しい衝動がざわめいているのに、

意識的な思考の中にまだ生きている

古い観念は、この本能的な働きに

従おうとしていない。

しかし、どんなすぐれた内的衝動も、

その無意識がそれに対応する

意識的な思考内容によって

照らし出されるのでなければ、

粗暴になり、

動物的にならざるをえない。

現代人は

自分の本能を動物化するという

危険な状況に陥っている。



救いは新しい世界に見合った新しい思想を形成することからしか生じない。


🦉🦉🦉🦉🦉🦉🦉🦉🦉🦉🦉🦉


ヨーロッパが

袋小路から抜け出す道は、

空虚な公式見解とはまったく異なる

仕方で見出されなければならない。

このことを、今十分な数の人びとが

理解出来るようになったのでは

ないだろうか。

今日でも、20世紀が始まった頃の

公式見解が、

文明世界を形成するための基準で

あり続けている。

それなのに、「平和」が達成できる、

と人びとは信じているのだろうか。

われわれは、公共の秩序のために、

新しい精神の下に、これまでとは

異なる判断をするのでなければ、

「平和」の名の下に署名することは

決してできない。


古い指導者たちにとってはそのような

新しい精神がそもそも

必要かどうかという議論など、

まったく問題にならないのだから、

新しい精神を生かそうとする

勇気と決断を、多くの人びとが

持たなければならない。

破壊の精神に対して有効な抵抗

なりうる再建作業が、

その勇気と決断から生じなければ

ならない。

近代の外面的な成功が没理想という

荒廃した土地の上に生じたこと、

精神の改革なし

古いものへ回帰することが、

大戦という恐るべき出来事を

再来させる

古い種をまくことになること、

このことの洞察から出発する

行動だけが、未来を約束してくれる。

多くの人びとがこの洞察を

もつのでなければ、われわれの時代は

混乱から抜け出せないだろう。


🦉🦉🦉🦉🦉🦉🦉🦉🦉🦉🦉🦉


思考の大切さ。

人間は、霊的な生き物で

「感情」を霊のところまで

持っていかないといけないと言う

シュタイナー。

アストラル体が

感情と関係あるんですが

アストラル体とかエーテル体とか

知識の為の知識ではない生き方。

自分が変われば、世界が変わると

よく言われますが、それは

世界をどう認識しているかでも、

言葉の持つ力が

感じられると思います。


シュタイナーが生きていた時代は

第一次世界大戦が起きたんですが

多くの人の思考力があれば

引きずられないで防げるはずだと…





シュタイナー



まぢ












ありがとう
*\(^o^)/*

ガーベラ 弥栄 ガーベラ




春休みの人吉にて











皆さん、おはよう御座います。


今回は、文字数が多いんですが、


最後まで読んで頂けると嬉しいです。




2010年発刊の


「シュタイナー 社会問題の核心」を


読みました。

(イザラ書房版 初版1991年)



訳者が高橋巌さんだったんですが、

(2年前に95歳で亡くなられていました)訳者が違うだけで、シュタイナーのイメージもかなり変わります。



その当時、


考え方が異端過ぎるとのことで


慶大を辞めてまで


シュタイナーの翻訳を務められた


そうです。



このどうしたら、


よくなるのか解らない世界の方向性を


100年前に


考えて教えてくれていました。



相変わらず、独特な表現なのですが


言ってることが














なんか解る





喜び庭駆け回ってしまいました凝視










🦉🦉🦉🦉🦉🦉🦉🦉🦉🦉🦉🦉


著者(シュタイナー)は、


生活内容になった精神性だけを


精神性と認める。


生活内容になった精神性は


実際的な人生の課題に応えることで


みずからの証を立てる。



その精神性は、魂の要求を満足させる


世界観・人生観と同じように


能動的でなくてはならない。



精神性とは何かについて知ること、


もしくは知っていると信じることが


大切なのではなく、実際生活の現実を


把握することの出来る


精神性でなければならない。



実際生活の中に生きる精神性は、


内なる魂の本質に仕えるだけの


傍流としての精神性なのではない。



したがって、本書の論述は


「精神的な人」にとっては、


あまりにも「精神的」であり、


「実務家」にとっては、


あまりに世間知らずに思えるだろう。



著者は、


自分を「実務家」だと思っている人の


世間知らずなんかではないと


思っているし、


言葉だけの「精神」の代弁者であろう


などとも思っていない。


自分なりの仕方で、現代の生活に


仕えたいと思っているだけだ。



精神生活をイデオロギーと


見做す社会生活には、社会有機体を


動かす力がないということ。



この事実の重大な意味を


実感出来たとき


初めてわれわれは現在の自分の思考を


変革しようとする。



現代の


社会有機体は、精神生活の無力化


病み苦しんでいる。


その症状は、


この事態を認めたがらない


ことによって、ますます悪化する。


この事態を認めるときにこそ


社会運動にふさわしい思考を


発展させる為の基礎が獲得出来る。



🦉🦉🦉🦉🦉🦉🦉🦉🦉🦉🦉🦉



自然有機体の中で


もっとも高度な形態を示すのは


人体であるが、人体は互いに独立して


働く三つの組織、三つの系から


成り立っている。



その三つの系とは


第一に神経と感覚の働き


含んだ組織である。


神経と感覚の働きが集中している


主要器官は頭部にあるから、


この組織を


頭部系と呼ぶことが出来よう。


第二の人体組織は律動系と


名付けることが出来る。


これは呼吸と血液循環、


もしくは


人体の中でリズミカルな経過を


辿るすべての分野である。


第三の組織としては本来の新陳代謝


運動の機能に関わるすべての器官が


あげられる。


この三つの組織の相互関連の中に


人生の生命活動を健康に保つ鍵が


隠されている。



この身体の三部分と「法生活と経済生活と精神生活」を対応させていました。


🦉🦉🦉🦉🦉🦉🦉🦉🦉🦉🦉🦉





今日、社会に眼を向ける人は、


そのような最重要の社会問題を


優先的に考えようとしない。


何故なら、社会有機体を単一体として


把握しようとする思考習慣が


身についてしまっているからである。



しかし、そのような単一社会のための


選挙方式など、


どこにも見出せはしない。


なぜなら、


どんな選挙方式によっても、


代表機関の中で


経済的な利害関係と法的な衝動との


対立がならざるをえなくなるのだから。


社会生活におけるこの障害は、


社会有機体そのものを


不安定にせざるをえない。



今日、


社会生活のために一番必要な目標は、


経済生活と法組織との


徹底した分離なのである。


われわれがこの分離を


可能にすればするほど、


それぞれに独立した組織が


自分の基盤から立法者と行政者を


選出するための最上の方法を


見出すであろう。



選挙方式の問題は


基本的に重要であるが、


現在すぐにしなければならないのは、


選挙方式をどうするかではない。



従来のやり方が


まだ残っている場合には、


その事情をふまえて、


今述べた分離に向かって


努力しなければならない。



従来のやり方がすでになくなったか、


あるいはなくなりつつある場合には、


個人も集団も、


上に述べた新しい社会形成へ向かって


率先して決断しなければならない。



社会の変革を今日明日のうちに


達成しようとする態度は、


理性を持った社会主義者たちにも、


夢想家のやり方だと思われている。


社会主義者達たちでさえ、


漸進的で地についた社会の健全化を


期待している。



けれども現在、


人類史の流れは新秩序を


今すぐにでも必要としているのだ。



このことは、


とらわれぬ立場をとる限り、


誰の目にも明らかである。


狭い生活圏内に見出せるものだけを


「実際にやれる」事柄と思っている


政治家は、今述べたことを


非現実的だと思うであろう。



その人が考え方を変えず、


特定の生活領域にしか影響を


与えないようにしているなら、


その人は社会有機体の健全化のために


役に立たないどころか、


社会有機体を病気にしている。


そのような人こそが現在の状況を


惹き起こしたのである。



🦉🦉🦉🦉🦉🦉🦉🦉🦉🦉🦉🦉



人間の精神生活を不毛なものにする


このような見方


(精神生活=イデオロギー)が


なくなるには、


精神生活の中に物質生活を超えた


現実が存在しており、


その現実は固有の内容を


みずから担っていると思えるように


ならなければならない。


🦉🦉🦉🦉🦉🦉🦉🦉🦉🦉🦉🦉



近代人の宗教は、まったく自由な環境でこそ、人々の魂を担うにふさわしい力を発達させることが出来る。



🦉🦉🦉🦉🦉🦉🦉🦉🦉🦉🦉🦉


精神生活の分野では、創造する人間が


その成果の利益で


暮らしていけるようにならなければ


ならない。


精神生活の領域では、


自分のためだけに行う行為なら、


その人の私的な事柄に


留まっても構わないが、


社会有機体のために行う仕事は


精神財を必要としている


他の人びとのために


役立つのでなくてはならない。


精神生活で、そのような交流が


得られない人は、


政治国家か経済生活の領域で


仕事を見出すことになるであろう。






シュタイナーが、「(個人というよりは全体的な?)魂の底流」と呼ぶものがあって、それを感じるか感じないかでは、見えてくるものがかなり違ってくると思うんです。

出来る人が、ダイレクトに受けてしまう人をフォローをしたり、距離を置いたりして、感覚を掴んで行けたら、世界は破壊という改革ではなく、社会有機体として、ゆっくりとした変化で大きく変わっていけるような気がするんですが、皆さん、どうでしょうか?



















シュタイナーがいて


よかった❗️






ガーベラ弥栄ガーベラ



皆さん、こんにちは☀️




最近、インディープさんが紹介している


ボー・イン・ラーが


氣になっているんですが


名前が、ふとした瞬間から














「陰謀論」



としか読めなくなって(?)💧


本当に


実在の人物なのか調べたくなりました。


ルドルフ・シュタイナーはかなり有名で


沢山の方が紹介しているのに


ボー・イン・ラーは検索しても、


インディープさんの記事しか出てこない(笑)


日本語版のwikiはなくて、英語のwikiがあるって、一番最初に紹介された時に書かれてました💧





ファンタジーの否定っぷりがすごいなぁとは思うんですが、しっくりくる説明も多いと思うんです。



「科学」について書かれているのも、難しいながらも、面白いです。



シュタイナーが、音の大切さの表現に


「響き」ではなくて、「うなり」と


いう言葉を使っていたんですね。


「美術」に対する考え方も


こだわりがあってびっくりします。



陰謀論系というかネットでは


アメリカとかが、100年先の技術を


隠し持っているとか


言われてたような氣がするんですが


その技術は開示されないのかな?


宇宙人やUFOも、


全然ウェルカムなんですが


シュタイナー(1861年〜1925年)や


ボー・イン・ラー(1876年〜1943年)は


宇宙人には


あまり言及してないんですよね。



「低次自我」は確かに厄介なんですが、


「高次自我」は「低次自我」の中でのみ


育つとのことなので必要なもの。




5次元の話が出てくる

2014年の映画「インターステラー」から




2、3ヶ月くらい前、


TOKIOの「宙船」をTVで観ていた時、


「これ、中島みゆき(さん)だよ。」


と、にあさんに教えたら



……


……


……






「ぽいっ」



と、一瞬で認識しましたm(_ _)m



フランス革命、ロシア革命、明治維新も


そうなんですが


最近のデモや暴動(マスコミが報道する系)も、資金を出している


仕掛け人がいるのがよく言われています。


歴史の大きなうねりの中で


問題も沢山あって、


「自分」を保つには、かなり大変だと


思いますが、「歌」を聴くと


やっぱり






神様っているんだな


と、つくづく感じますm(_ _)m



「宙船」        TOKIO




ガーベラ 弥栄 ガーベラ



行く月。

逃げる月。

去る月。


とは、よく言ったもので

もう2月も一週間

あっという間に

節分も立春も過ぎてしまいました。

皆さん、寒いっすね。

如何お過ごしですか?