今年は母の七回忌でした。もう、母の死去から7年が経ったとは、月日は本当に早く去るものですね。
ところで、先月知り合いが肺癌でなくなりました。この方は、昨年の12月に精密検査、
ことしの1月にもう一度、検査をして肺癌だと診断されました。
でもこの人は、医大の先生の言う通りに、すべてをお任せしますで、抗がん剤治療が2月ぐらいから始まりました。そして、どんどん痩せていき、それから食も細くなり、とうとう最後には外出もできなくなりました。
この人は69歳で、家には夫は半身不随で車いす生活、末っ子の子供は高校からのひきこもりで
まだまだ、お母さんとしての役割が大であったのに、惜しくも亡くなってしまいました。
わたしは、このひとから、今年の初めぐらいに「癌には絶対負けない」「絶対に生きてみせる」といったのを何度も聞いていました。そこで、母のときの経験から抗がん剤を受けず、
他病院でセカンドオピニョンを聞いたりして、延命治療や緩和治療を模索してはといっても
やはり医師信仰が強くて話を聞いてくれませんでした。
抗がん剤を始めて数か月で亡くなりましたので、やはりたとえ末期であっても抗がん剤を受けなければ来年あたりまでは生きていたのではないかと感じました。
とういうのは、去年の11月までは栄養状態や顔色も良く意識もしっかりしていて、とても1年以内に亡くなる様子ではありませんでした。
どうせ数か月で死ぬのなら、何もしないほうがよかったのではないかと感じた次第です。
そういえば、直近で大橋巨泉さんがなくなりました。その件で、近藤誠医師が見解を述べています。
===9月11日 インターネットから引用===
近藤 誠
では、これらの治療はうけるべきだったのでしょうか。
報道によると、鼻腔のがんは「小さな腫瘍」だったそうです。そうだとすると通常、自覚症状がなく、CTなどの術後検査によって発見されたものでしょう。
鼻腔は生命維持に必須の部位ではなく、仮にがんに占領されても、口を通して呼吸して、生きていくことができます。
巨泉さんは、それまで肺や縦隔に何度も転移が生じているので、将来も次々と転移が現れてくるはずです。したがって、新たにがん治療を始めても無意味、かつ有害に終わることは誰でも想像できるでしょう。鼻腔のがんは、しばらく様子を見るべきだったと僕は思います。
巨泉さんは、中咽頭がんのときに“無治療・放置”を考えたほどのお方ですから、もし主治医が巨泉さんにその旨を説けば、同意されたことでしょう。
しかし主治医は、「発見したがんはすべて治療する」という考えにこりかたまっていたようで、巨泉さんを治療に突入させてしまいました。
今日、がんや転移が見つかったときに、がん治療医のほうから「治療しなくていいですよ」と言ってもらえることは、ほぼありえない事態なのです。
その意味で、術後検査をうけて、がんや転移を発見してしまったことは不運でした。
ただ鼻腔がんは、放射線治療だけにしておけば、まだ被害は少なかったはずです。腫瘍が小さいので、十中八九、治るはずで、抗がん剤の毒性リスクもありません。
ともかくも抗がん剤と放射線による治療が3月に終わったのですが、巨泉さんの体力の落ちこみは激しく、週刊誌の原稿を書く気力も失せたといいます。
3月27日にがんセンターに緊急入院して調べても、がんは見つからなかったらしいので、死因は抗がん剤の毒性による体力消耗なのでしょう。鼻に放射線をかけても、体力は消耗しませんし、他の臓器への悪影響も生じないことからも明らかです。
さて体力の限界をさとった主治医は、在宅ケアを勧めました。しかし、この時点で巨泉さんの余命は、ほぼ決定づけられていました。国立がん研究センターが発表しているデータでは、がんセンターの主治医から「ホスピスに入所しなさい」「在宅ケアにしなさい」などと言われた患者の半数は、それから100日以内に亡くなっているのです。
これに対し、抗がん剤治療をうけてこなかった人たちは、臓器転移があっても、どの時点からでも、半数が亡くなるまでの期間が1年から2年程度になります。つまり、がんセンターのデータは、患者たちが抗がん剤漬けになって、生命力を奪われたことを意味しているのです。
巨泉さんも、転移や鼻腔がんの治療をうけなければ、もっと長生きできたはずです。