最愛の母が亡くなり2年以上が経ちました。そして、今年が3回忌でした。
やっと、母の晩年の苦しみが、徐々に過去の出来事に移り変わろうとしている今、今度は妹が
大事故に遭い、2ヶ月経った今も、病院に入院しています。
怪我は大したことはなかったのですが、事故当時のショックで精神的な後遺症がかなりひどくて、本当にかわいそうな有様です。
妹は、教育職でしたので、1学期のテストは評価ができずに事故に遭い、学校や生徒に本当に
申し訳なく思います。大事故でしたので、2学期の復帰も現状では難しいと主治医がいっていましたが、妹は記憶がおぼろげながら残っているので、学校に早く戻りたいと言っていますが、
ひとりで長時間立てない今では、復帰は考えられません。
今日のテーマは、「兄弟姉妹は、血を分け合ったかけがいのない肉親である」
私と妹は仲があまりよくありませんでした。 妹は大学のマスターまででていますので、
私にいつも上から目線でものをいうものですから、わたしもつい強い口調で言い返してきました。
父が亡くなった日も、母が亡くなった日も、意見の食い違いから、おおきな口喧嘩を生じました。
それから、妹とはずいぶん口を聞いていません。
わたしも、最初は我慢していましたが、ずいぶんと態度で意地悪をして仕返しをしていたと反省しています。
今回の妹の事故の件で、わたしが親代わりとなり、病院に毎日、行っています。
主治医と話をしていくうちに、どうやら、妹の性格は、コミュニケーションがうまくとれない損をするタイプだと判明しました。思い込みからか、それが自分が正しいと正当化して、正義感をふりかざしては、自己処理や自己満足に陥るようで、本人は相手が傷ついているとも判断せず、
いや、気づかずに、一方通行の性格で、本人には悪気は全く感じていないのだろうと推測できるそうです。
主治医が、毎日妹と話をしながら、そう分析をされているそうです。
今まで妹とは、ほとんど会話がなかったのですが、今回の事故で、やはり、妹は、かけがえのない血を分け合った者同士であると感じました。
うまく言えないのですが、やはり、どんなに性格の不一致で互いに合わない同士でも、
このような相手が手助けが必要な時は、なんとかしてやりたい、精一杯してやりたいと、
体のどこからかにじみ出てくるものを感じます。
妹は、やはり、親から同じ血を分けてもらって、この世に生を受け継いだ子孫同士だと思います。
妹の病院のベッドには、母が元気だったころの笑みを浮かべた写真をおいています。
妹は、それを見て、生きる望みをつないでいるのだと思います。
これまで、私と妹はいつも口論が耐えませんでした。
実は、これは、妹のコミュニケーション不足によるもので、表現が不得手なだけで、
悪気がなかったのだと、何十年も経ったいま、この事故で判明したのです。
人間は、何もトラブルのない平穏無事なとき、周囲への気遣いや感謝を忘れ、自分本位に
なっています。
だから、人間は時には病気やケガをして、一人ではいきていけないことや、多くの人の
協力で無事に生きているのだと、気づかされているのだと思います。
私は思います。親を敬えず、兄弟姉妹が仲良くできなくて、信頼できなくて、どうして、他人とうまくやっていけるのでしょうか。
社会にでるまえに、家庭生活が基本にあるはずです。そして、そこには、親の愛情や、
兄弟姉妹同士の思いやりや、暖かい家庭の存在があると思うのです。
どんなに喧嘩して疎遠になろうとも、血を分けあった事実は絶対に消せません。
いつも、自分の体の中を三十数度の暖かい体温を保ちながら、ぐるぐる流れていっているのです。
その体温のぬくもりは、親から受け継いだ心のぬくもりでもあるのです。
そして、そのこころのぬくもりは、やがて兄弟姉妹同士へのおもいやりに発展して、
最後に、他人への親切心へと生まれ変わっていくものだと、そう思います。
なによりも、大切にしなければならないのは、親から受け継いで、分けあった
血縁関係という、紛れもない事実です。