中学受験・涙と笑顔の奮闘記〜中高6年間と大学受験を経て大人になって今振り返る景色の備忘録〜

中学受験・涙と笑顔の奮闘記〜中高6年間と大学受験を経て大人になって今振り返る景色の備忘録〜

『普通』の権化である母と、そこからかけ離れたところにいる息子の中学受験バトルの記録から数年、息子は中高6年間と大学受験を駆け抜け家を出て大人に。
当時あんなに涙し笑顔で奮闘した日々の答え合わせが、今ようやく…

私の毎日の通勤(往復約5時間)途中には、

とある中学受験塾の個別指導教室があります。
その軒先にデカデカと掲げられた、ある看板です。

『集団授業でつまづいたら、個別指導へ!』

これを見て、私は「納得!そりゃそうだ!」と、一点の疑いもなく信じ込んでいました…つい最近までは。
(ちなみに、かつて息子が通い、現在は講師としてお世話になっている「浜学園」のことではありません)

しかし、この「親の常識」を、現役大学生であり塾講師でもある息子から、文字通りコテンパンに全否定される日が来ようとは、夢にも思っていなかったのです。


第一章

息子からの痛烈な一言

それは去年の夏休みのことでした。
大学生になった息子が帰省した際、私の仕事(塾の関係)を1日手伝ってもらう機会がありました。

その夜、何気なく私が振った話題から、いつもはほとんどしゃべらない息子が、珍しく論理的で、そして容赦のない持論を展開し始めたのです。

母:「やっぱり、苦手科目って自分じゃ何を勉強したらいいか判断できないじゃない?だから、もし集団でついていけなくなったら、個別指導に切り替えるのが正解よねぇ」

私の言葉が終わるか終わらないかのうちに、息子の冷徹なツッコミが飛んできました。

息子:「なんでそうなるん? そもそも塾なんて、個別か集団かの違いなんてない。どっちだって、自分次第で行く価値が出るか、ゼロになるか決まるだけ。あんた(私ですw)の言う『苦手教科は個別指導がおすすめ』なんて、ただの親の幻想やで」



母:「えっ、でも、得意科目は集団塾の授業と課題で実力がつくだろうけど、そもそも好きじゃない苦手科目の壁は、個別で手取り足取り見てもらうしかないじゃない?」

息子:「そこが逆に落とし穴。個別指導は、講師のレベルや自分との相性に依存しすぎる。値段が高いわりに、『そもそも本人が、その苦手科目を本気で克服したい』と思ってなかったら、どんな伝説の講師についたって1ミリも意味がない。勉強するのは講師じゃなくて、自分やから。俺の高3の個別指導は失敗やったやろ、本質を勘違いしたらあかん」

(注1)

一般入試の最高峰である中学受験、そして大学受験を駆け抜けた息子なりの、経験に裏打ちされた確信でした…
ぐうの音も出ないとは、まさにこのことだったのです。



第二章

息子が指摘した「3つの本質」

息子の言葉を整理すると、私たち母親が陥りがちな落とし穴が3つ見えてきます。

1. 「塾選び」より前に「本人姿勢」がすべて(残酷な現実)
2. 「苦手だから個別で補う」は、親の気休めの幻想である
3. 個別指導を活かすなら、講師のレベルと本人との相性の見極めに命をかけるべき

「この個別塾に入れれば安心」
「高い月謝を払っているんだから、なんとかなるはず」

これらはすべて、親の「不安からの逃避」であり、子ども主導ではなく「親主導」になってしまっている証拠なのだと、胸が苦しくなりました。


かつて息子が浜学園の毎月の公開テストや灘中模試で大爆死してきたとき、私がクッションに顔を埋めて深呼吸し、

「受験するのも勉強するのも、私じゃない!!!

息子なんだ」と言い聞かせていたあの初心を、すっかり忘れていたのです。


第三章

なぜ我が家の「個別(専門塾)」は絶大だったのか?

息子の言うことは100%正論です。

本人のやる気がなければ個別はドブにお金を捨てるようなもの。

しかし、我が家の中学受験を振り返ったとき、「あの個別(専門塾)がなければ、合格はなかった」と断言できる成功体験もあります。


それは、息子自身が

「テストの結果を出したい」という目的意識を持ち、

なおかつ

「プロ中のプロ」の先生と奇跡的な出会いを果たしたからです。


当時の我が家の併用データがこちらです。


【我が家の合格スケジュール(小4〜小6)】

ベース:浜学園(マスターコース・最高レベル特訓算数)


① 朝倉算数道場(個別・専門指導)

・期間:小3〜小6の1学期まで(夏の日特が始まる前まで)の3年半

・科目:算数・一部理科

・頻度:主に土日の月2回


② 国語専門塾(パティスクール)

・期間:小5〜小6の2年間

・科目:国語(大の苦手科目)

・頻度:月2回


小6の最重要決断の秋、

息子はとある宣言をします。

「算数を極めて、灘特算数、最レ算数0組を目指す!」と、無謀に見える目標設定をしましたが、その火をつけてくださったのは、元・浜学園の伝説の講師である朝倉仁先生、そして理科の嶋美貴先生でした。


小学生の多感な時期に、学問の「核心」に触れ、おもしろさに出会ってしまったのです。

この学びは、大学受験まで生き続ける巨大な「貯金」となったと確信しています。



第四章

入試本番4日前、40度の高熱で倒れた息子、そのときプロの判断は?


そしてもう一つ、息子の人生を変えてくれたのが、大嫌いで大の苦手だった国語を救ってくれた「パティスクール」のパティ先生でした。

(この壮絶なエピソードは次回詳しく書きます。あまりに書くことが多すぎる件笑)。


以前のブログでも何度か書きましたので、リブログを貼っておきます。




実は入試本番のわずか4日前、息子は突然の高熱で倒れてしまいました。

病院に連れていきながらも全く意識が戻らない息子を看病しながら、私が、藁をもすがる思いでメールを送ったのが、朝倉先生とパティ先生でした。


「今から志望校を変更すべきでしょうか。先生方のプロの見立てをお聞かせください」


震える手で送ったメールに対して、お二人のレジェンドから返ってきた言葉は、素人の母親である私を震わせる、まったく同じ「ある答え」でした。



長くなりましたので、国語塾の奇跡は次回に続きます!



注1、息子は乗り気ではなかったのですが、私の『個別指導崇拝』の助言を機に、高2の終わり春休み前から高3夏休み前までの数ヶ月間、英語の個別指導塾に通いました。

しかし、自分でこれを数ヶ月間で要らないと見切って、苦手科目であった英語も、集団塾(研伸館住吉校にて英数)のみにしました。


また、研伸館住吉校が自宅からかなり遠いという理由で使いにくいために。自宅から少しだけ近くなる東進衛生予備校の高額な映像授業( 笑 )も取りました。

結局、物理だけ映像授業を見たそうですが、それ以外は見てない…そうです。


とにかく英数は集団塾(研伸館)で、

自習室のために東進で、

というスタイルを貫き通したのです。




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