こんにちは。ご訪問ありがとうございます。結城蜜柑です。
きのう(平成31年4月12日)も母と一緒に山内惠介さんが出ているテレビを見ました。
終わった直後に録画でですけど。
仕事のあと待ち合わせた母と一緒に買い物に行って、
疲れ果てた母とわたしは外で夕食を食べてきたのをいいことに、
化粧(基本的に二人とも嫌い)も落とさず居間で討ち死に(=うたた寝)していたので。
いやー、毎日ちゃんと夜寝ていても出掛けると眠いですね。
出掛けるの嫌い!
ただ電車で十分くらいのところに行って買い物しただけなのに疲れた!
というわけでわたしと母が突然旅行に行くことにしたら、
それはただ単に気がおかしくなっただけだと思われます。
さて、本題のきのう見た山内さんが出演された番組ですが……。
山内さんの持ち歌がはじまって、
まだファンになって日が浅い(一年未満)わたしは、
「えーっと、なんだっけこの曲。
「涙くれないか」? 「風連湖」?
いや違う、、「恋の手本」だ!
なんだこれかー、
山内さんの知ってる曲の中でこれが一番嫌い」と思いました。
なんで嫌いなのかはよく分かりませんけど……。
主人公の男が相手役の女性ののことを、
「おまえ」というのに腹が立つからか?
そう思いながら聴いていて、
「いや待てよ。この曲、
自分が男で相手が女だとはっきり書かれていない。
「おまえ」というから男だというのは固定概念だ」と気付きました。
わたしは世の中で
まあ、ジェンダーというんですか、
ああいうのの女らしさと男らしさという考え方が大嫌いで。
女であるわたしは、
女らしい行いとされている料理と裁縫か好きで得意だけど、
敬語を使う必要がない方に対しては、
「○○なんじゃねえの?」
「だからなんだよ」
「すげー、おもしれー」
「ふざけんなよ」
というようなしゃべり方をするんですよ。
別にヤンキーであったわけでははなく、
むしろ勉強大好き授業真面目に聞く
宿題さぼらない
テストの点は常にいい
小学生のときのラジオ体操は皆勤賞で
黄色いボール貰って「わたしにこれをどうしろと?」
と思ったような優等生でしたが、
ただ単に性質が乱暴なんです。
ケーキ屋に並んでいたら、
前にいた子供二人(二歳と一歳くらい)が
がんがんショーケースを叩いていたので、
注意したんですが、
それがすごく厳しい調子だったらしくて。
わたしは「危ないからやめようね」と優しく言ったつもりだったのに、
「危ないぞ、やめんか!」くらいであったらしい。
あとで隣にいた母が教えてくれたんですけど。
それが女だというだけで
優しくおだやかにていねいにしないといけないという考え方は大嫌いだ。
男なら凛々しく雄々しく頼りがいがあっていいとされるんでしょ?
嫌だわー。
そんなだから、
基本的に世の多くの恋愛ものの創作では
男に頼りがいがあって女が守られていますが、
わたしはそんなの嫌なので、
わたしの書く男女の恋愛小説は
頼りがいがあるといえばあるがそもそもは自分勝手な女が
おとなしくて相手に逆らえない男をいいように振り回している話ばっかりで、
恋人を「おまえ」という男は出てきません。
そういう男性は嫌いなので。
代わりに結構男言葉の女が出てきます。
男性を「おまえ」呼ばわりする女性も結構います。
そんなわけで、
録画を巻き戻して、
「恋の手本」の視点が女であると思って聴いてみました。
……なるほど。
……ふむ。
女が言っていると思えば、イッツテイスティ!(ふざけ過ぎ)と感じました。
こんな読み方をすると作詞家の方が不愉快に思われるかもしれませんが、
わたしは、創作物は発表した時点で読み手のものと思っています。
あと、
山内さんの曲における
恋人を「おまえ」と呼ぶ男が主人公という問題を別にしても、
わたしは山内さんの曲では、
女性視点のものが好きです。
「六本木界隈・夢花火」と「寒い橋」と
「さらせ冬の嵐」なんですけど、
「さらせ冬の嵐」以外は主人公は「女である」と書かれているはず。
そう、「さらせ冬の嵐」は
女だと書いてない!
それを「わたし」で「あなた」だから女! というのは差別差別。
これから気を付けよう……。
番組の他のことでは、
山内さんがおっしゃってましたが、
山内ん、大切なノートを紛失されたそうですね。
それについて整理収納アドバイザーの母にコメントを求めました。
母は「なくしたの?」と笑っていましたが、返事があまりありませんでした。
まあ、わたしはある程度片付けられるけど、
気付くと自分の場所がごっちゃりんで、
まとめて片付けてはまたごっちゃりんになるという感じで
隅々まできっちりしている母と妹程片付けに関心がないからいいか。
ここも女らしさとして扱われる問題ですよね。
女の人はいろんなことによく気付くという。
だからきちんと片付けるし、
人の気持ちを察することができるというけど、
わたしは自分の場所がすぐごっちゃりんなうえ、
人の気持ちを察することが苦手です。
「空気を読む」という言葉は、
おそらく「場の雰囲気に合わせて振る舞う」ということだと思うんですが、
わたし、言われないと分からないもん。
同僚の気遣い屋さんの男性が
「女の人のほうがよく気が付きますよね」というけど、
わたしよりあんたのほうが十六倍(当社比)は気付いてるよ!
わたしははっきりずばり、
直接的な言い方でないと分からないもん!
ふー、ふー、まあ落ち着いて。
とまあこんなふうに、
ジェンダーなぞなくなれ、
女と男で区別せず、
その人個人の個性が輝けばいいじゃないか!
というお話でした。
なんか、はじめは山内さんの歌の感想を書くつもりでしたが、
いつのまにかジェンダーについての問題意識についての話になっていました。
まあ、常々嫌なことで問題視していたので、
書けてよかったです。
わたしが書くとどうしてもふざけた調子になりますが……。
さて、それではこの辺で失礼します。
最後までご覧くださってありがとうございました。
まいごのこくじらのお母さん
(ピンクで可愛い。
が、お母さんのキャラクターのぬいぐるみはピンク色というのも
女色と男色を区別する差別差別。
わたしも女だからピンクが好きなんじゃなくて、
わたし個人がピンクを好きなだけ。
まあ、こくじらの性別があきらかではないと思うので、
青いあの子が女の子なら女色と男色を区別していないことになるので、
差別してはいない。
いや、こくじらが男の子だと書かれていなかったよね?
あれ? 男の子なの?)
のもーちもちぬいぐるみが欲しいけど、
どこにも売っていないことに苦悩している結城蜜柑でした。
結城蜜柑