海外で日本人学校がある地域は、日本人補習校がないと耳にしますが、違います。

少なくとも担任が関わっていたところでは、あります。

 

補習校の立ち上げ方には、いろんな方法があるのかもしれませんが、

「自分のこどものために」という思いを持ったお父さんやお母さんが設立する場合があります。

 

最初の少人数で行っている時は、みんなで力をあわせている温かい補習校なのでしょうが、

次第に生徒数が増えれば、保護者や教師の数も増える。

人が増えれば、トラブルが起きるし、事務局は面倒なことは避けたい。

この流れは、理解できます。

 

ただし、補習校を継続するために、クレームを極度に怖がり、教師を委縮させるような運営方法には、疑問を感じます。教師の敵は、事務局です。

 

「教師が足りないから」と、どうしてもお願いされて担任を引き受けた同僚がいました。

家庭教師をしたことはあるが、教師免許も経験もない。

そんな彼女に、事務局は教科書を持たせて教壇に立たせました。

彼女の指導力への不満や、クラスのゴタゴタも、ちらほらと耳に入るようになりました。

 

そんな時、日本人学校から校長先生が学校見学にいらっしゃいました。

そして、教師と事務局スタッフだけでお話を聞いていた時、同僚は泣きだしました。

校長先生は、こう言いました。

「事務局は、どうしても日本の認可校を取りたいと願っているようですが、私はそうは思いません。日本人学校と違って良いのだと思います。認可のない補習校だからこそ、できること、できる改革があると思っています。お母さんたちが頑張っておられるそういう補習校が私は好きですし、それがいいのだと思います。」

 

担任も感動しました。

こんなことを言える人は、誰もいなかった。チラッと事務局スタッフの顔を見た。

校長先生の中で、認定校にしたいあまり、忘れているものがあると、お気付きになったのではないかと思ったりもしたほど、この言葉は心に響いたのです。

 

重い蓋が一気に取れたように、号泣した同僚。

「補習校の教師をしてから、痩せたんだよ。でも、いつも励ましてくれてありがとう」と書いた手紙をこっそりもらい、同僚は日本へ帰りました。こっそりしか話せない状況がすべての答え。

 

北欧のブログで、「留学生は、補習校の教師になろう」という明るい記事を見ました。

でも、留学生が何人も良い思い出とともに、辛い思い出や大人たちの身勝手な考えで去っていくのも見ている側としては、デメリットも書いて欲しいと願います。

「先生になってと言われて、頑張ったけれど、いつも一人だった。寂しかったし、追い詰められた感じがあった。唯一、声をかけてくれていてありがとう」と言った留学生。

 

契約が終了する日だけ、優しい声をかけるのは、おかしいです。

日頃は、一言も会話しないのに、です。

辞めた先生が悪い噂を流さないようにと、それだけを考えている運営側。

心からの「ご協力ありがとう」の言葉はないと感じます。

 

これはあくまで、ある小さい補習校の出来事です。