寡作ながら非常に芸術性の高いことで知られるスペインの映画監督ビクトル・エリセ。長編第1作の『ミツバチのささやき』(1973年)、2作目『エル・スール』(1983年)、3作目『マルメロの陽光』(1992年)など、叙情的な映像が世界各地でファンを生み出しています。

 

 前作から30年。待たれた新作が日本でも公開されました。

 

『瞳をとじて』(2023年)。

 

『別れのまなざし』という映画の撮影中、主演のフリオ・アレナスが失踪してしまいます。22年後、当時の映画監督でフリオの親友だったミゲルが現れます。彼は人気俳優が失踪した謎の事件を扱ったTV番組から出演依頼を受けたのです。ゆかりの場所を訪ねながら、フリオの思い出を、青春時代を、自らの生き方を追想していきます。そして「フリオによく似た男が海辺の施設にいる」と一通の思わぬ情報が寄せられたのです。どういう展開になるのでしょうか。

 

 

 

 映画の中で一番驚いたのはアナ・トレントが重要な役柄で出ていたことです。彼女はエリセの長編第1作『ミツバチのささやき』に5歳で主演をした女性です。映画で見たフランケンシュタインの存在を信じた純真無垢な少女アナ役を演じたのです。可憐なだけではなく、目の動きひとつで感情を表現できる天才子役でした。長らく姿を見せませんでしたが、50年後にまたスクリーンに出たのでした。まなざしは当時を思い起こさせるものがあり、時間の経過を感じさせないものがありました。

 

 非常にゆったりと時間の流れる映画です。田舎町を舞台に、美しい風景と人の生き方がゆっくりと叙情的に描かれます。最近、あまりにもテンポの早い映画にならされていますが、それとは対照的です。一場面一場面が印象派の絵画のようで、画面に奥深さを感じさせます。まるで小津安二郎の映画のようです。

 

 一番印象に残ったのは映画の終盤、未完の映画をもう一度見る場面です、劇場の暗闇の中でスクリーンに顔を向ける瞬間。『ミツバチのささやき』において、アナが公民館でフランケンシュタインの映画を見る場面と同じ構図でした。50年という時間が一気に縮んだ気がしました。落ち着いて映画を見るのも貴重ですね。

 

 

監督          ビクトル・エリセ

出演          マノロ・ソロ、アナ・トレント、ホセ・コロナド

(上映時間:169分 )