人数の問題じゃない その2
昨日からずっと例の事件の事や色々と考えていたのですが
余分な事を考える時間があるからいけないような気がしてきました
もし我々の生活が縄文時代の様な物だったらどうでしょう
毎日の生活が食料確保に費やされて余分な事を考える暇が無かったらどうでしょう
皆で協力しなければ生きて行けないという状況の中でのコミュニティはとても大事
そんな中でコミュニティの誰かを殺そうとは思わないはず
喉が渇いたら水を飲み
腹が減ったら飯を食う
しかし その水や飯が簡単に入手できない生活環境だったら余計な事を考えているヒマは無いはず
でも現代社会は便利で水道の蛇口をひねれば水が出るし、コンビニに行けばいつでも何かしらの食べ物は入手できる
雨風をしのいで寝る場所もある
こうなったら国民全員に年に一回 精神状態検査をして
不安定な人は山でサバイバルをしてもらうというのはどうでしょう
「生きる」という事に専念していれば余計な事は考えないだろうし、自分の中の気づかないフラストレーションも気づくきっかけになるかも知れない
あるいは一時的に臨時の公務員にしてしまい、内戦の終わった東南アジアの国に派遣して その国の復興に関係させる
人によって得手不得手があるから現地で何をするのかは自分で判断させるという ゆるい派遣公務員
コンビニも何も無くなってしまった国で言葉も通じずにいれば、とりあえず必死に生きる為に何かをするはず
そして現地の人たちと一緒に家を建てたり下水道をひいたり
そんな事をしてゆくうちに僅かな達成感を感じて、それが日本に居た時の小さな不満を消し去ってくれるかも知れない